国府宮へのお参りの後は
知人と一緒に某所へ出かける予定だったのですが (思わぬ事があって)知人が急に病院で検査を受ける事になり、 某所へ はこの知人から車を借りて 私達だけで行く事になりました。
知人が「暫く乗ってない車だから バッテリーが心配。一杯走ってきていいよ?」と言ってくれたので、 「そうですか? それじゃー 調子に乗って~」と私達 以前から行ってみたく思っていた津島神社へも寄らせてもらう事に。(某所 からは結構 遠かったのだけど^^;)))
更に_
ついでだ、神社の近くにある天王川(別名-津島川/現在は廃川)の名残の 丸池(←天王祭で有名) というのも見てみよう! と先に丸池のある「天王川公園」へも行く事にしたのです。

↓天王川公園の駐車場に車を停め 丸池に近づいております。


↑池の中に小さな島。/ お寺なら弁天さん、神社なら厳島神社が置かれていそう~ な所に見えます。実際には何が? 行ってみましょう。
↓矢印によると小島は「中之島」という名称だそうです。



↓ヒツジグサの上をダイサギが歩いてました。



↑3時頃だったかな? ヒツジグサ達は早くも閉じ始めていました。
↓島には_


こんな御仁がおいででした。

↓ヨネ・ノグチ (野口米次郎)。(←イサム・ノグチのお父さんで 詩人)


↓紹介パネル。

↓題字は「仁者寿(ジンシャハイノチナガシ)」(←多分)。

↓このパネルによると 上の石碑は「米次郎の父 傳兵衛と妻(←この書き方だと「妻」が米次郎の母ではない可能性がありそうですが_傳兵衛翁の娶し者の名が「鵜飼氏(の)桑子」とあるので 普通に米次郎の母 ですね...)」の金婚式を記念して設置されたもの、だそう。

島には他に シェルターの様な四阿もあり、

水辺で「静かな一時」を過ごすのに良さそうでしたよ。

_しかし暑い日でしたので、駐車場に引き返し、 そのすぐ脇のスタバで休憩する事に。

↓途中、堤側にも地元の名士らしい方の銅像が立っていました。

羊の頭部がついた台って 日本では珍しいようなー。が、ともかくここに立つ御仁は 羊に関係のある方とわかりますね。

↑像の前には「片岡春吉翁之像」と記されています。ネットで調べましたら_ こんな方でした⇒*
へー、片岡毛織の創業者さんですか。(明治時代は 制服や軍服などでウールのサージ(serge)の需要が高まっていたんですね? (第一次世界大戦の折は一時的にですが輸入がストップする、という事態も発生。) 又当時は和装でも暖かい毛織物が使われるようになっていました。(+/当時sergeは「セル地」、略して「セル」と呼ばれていました。「セルの着物」なんて... きょう日は聞きませんか^^;)
片岡さんは 輸入に頼っていた毛織物の国産化~ に成功し「羊のいない尾州が 世界三大毛織物産地の一つになった」 その基を築いた方だったんですねー。 これは「覚えましょう!」です。(因みに さすがに羊毛の国産化は無理 だったもよう・・・)
↓「養生中~」の芝地の南にスタバ天王川公園店。


ふー すずしー。(↓私の抹茶ラテと 亭主のほうじ茶ラテ)

↑スタバの窓からは 今行った中之島がすぐそこに見えましたが_ 写真ではイマイチですね^^;)
さて、スタバでまったりして この後は次の目的地 津島神社へ向かってしまったのですがー 失敗、失敗。
この公園には 更に見るべき場所 があったのです!

↑あの 野外ステージの後ろの松並木の_その向こうの・・・
↓「津島湊跡」、

そこに「車河戸(クルマコウド)」という物があったのです。


↑これは天王祭で使われる 水上の山車(ダシ)で、使う時は水位を上げて船を横づけし、船の上にこの「建屋」の様な部分をスライドさせて移し載せる~ そうです。
↓津島市の公式インスタ頁で見せてもらえます。
https://www.instagram.com/reels/C93nGqsP1Fw/
↑面白い!!!
実際の天王祭の時に津島を訪ねるのは難しいけど 「車河戸」は常設されているもの。せめてこれだけでも見るべきだったー。/ 残念っ