稲沢市に用事があった日_
(用事を済ませた後で、)
同市にある尾張の総社 尾張大國霊神社、通称「国府宮(コウノミヤ)」へお参りしました。
国府宮の参道ったら すごく長いんですね。

↓県道62号線「南大通り」に架かる太鼓橋形の陸橋。

↓陸橋から見た 参道の一番南に立つ「一の鳥居」。

(でこの 一の鳥居までは行っておりません^^; 後ほんの150mだった、んですけど、お腹がすいていたので この陸橋近くの「松屋」へ急いだ、のでございます。)


すみません、脱線しました_。
(昼食後_)
参道を北へ上がるとー

↓「二の鳥居」。(「イチョウ通り」から見ています。)

↑左に社号標。石には「尾張大國霊神社」と彫られています。
↓鳥居の扁額の文字は「尾張総社/国府宮」。

↓二の鳥居の先に太鼓橋。

↑橋の向こうに神社の楼門が見えております。
↓形式的に、ですが_浄めの川を渡り、神域に入ります。

(↑右上に写るのは「中高記念館」。旧-中島郡高等小学校校舎、です。)
↓振り返って見た 二の鳥居。

↓道をはさんで_

↓三の鳥居。

↓やっと楼門。

(因みにこちら 室町初期に建てられたという「重文」、ですって。)



↑門の左右の脇間に「國府宮」と書いた大提灯↓。


↓裏。/ 門の北に 蕃塀(バンペイ←神社が外から直接見えないように設置する衝立の一種)がありました。


↓蟇股に繊細な透かし。(何の花でしょう?)

↑奥の梁の上の彫刻は・・・?
↓表から見直して 獅子と牡丹、とわかりました^^;)

蕃塀の向こうが拝殿。

(↑この拝殿も「重文」。江戸初期に建てられたものだそうです。)
手を清めましょう。

あら、面白い。水吐口が円筒分水器の形をしてます。

(上にドーム状の蓋があるから円筒とは言わないか)

改めて拝殿へ。

↓屋根や幕に神紋の五七の桐。


こちらの拝殿は縦長で 本殿からほとんど「突き出す」ような形。


↑注連縄の下で お賽銭を上げ 奥に向かってご挨拶をしました。
こちらの御祭神は 尾張地方の祖神、尾張大國霊神(オワリオオクニタマノカミ)。
創建は第十代天皇-崇神天皇の第7年(紀元前91年!!!)ですって。(当然ですが平安時代に書かれた『延喜式神名帳』に神名の載る式内社。)
↓さて、拝殿内を見るとー
中は畳敷きの 細長い座敷? のようでした。(左右並ぶ丸い柱の列が どこか外国の教会の礼拝堂を思わせますね?)

↑教会でいうと ここは「身廊」、
↓こちらは 柱の「外側」の「側廊」になりましょうか?


拝殿の奥の本殿(神殿)は 外からは伺う事ができませんでしたが・・・


妻入り 平入り 幾つもの屋根が 尊い場所を守るように重なっていて「美しくもありがたい」と感じました。

神殿の裏手には青々とした葉を茂らせた高い木々が屏風の様に立っていましたが_

そこに大鷺(ダイサギ)が幾羽もとまっていて_


綺麗でした。(もっとも社を管理する側からは 鳥はあまりありがたくない存在かも、ですが。)
↓拝殿の東側には_儺追殿(ナオイデン)という建屋がありました。(こちらでは追儺(ツイナ)の事を 儺追(ナオイ)と言うようです。)

国府宮では旧正月13日に「儺追神事/通称”はだか祭”」と呼ばれる行事が行われるのですが、その際に参加する男たちが精進潔斎をするために三日三晩籠るのがこの儺追殿、なんだとか。
境内の南東に 木々に囲まれたエリアがありました。

↓入口の石柱には「尾張大國霊神社」と彫られています。

↓その先には 小さな祠が並んでいました。


↑「六末社」_右から、 司宮神社(猿田彦神)、稲荷神社(倉稲魂命)、三女社(田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命)、白山社(菊理姫命)、居森社(素盞鳴命)、神明社(天照皇大御神)だそうです。
(そういえば・・・、以前住んでいた出雲や 今暮らす相模の総社 (←補足/総社とは、国司がその主な仕事の一つである「担当国内の全神社を巡って礼拝する~」 のが大変なので、礼拝を一ヶ所で行える様 国府近くに全神社を勧請したもの) は「六所神社」というんですよね_。/ Wikiの「六所神社」を見ると 「令制国の総社の中には「六所神社(六所宮)」という社名のものがいくつかある。これは、その国の一宮から六宮までの祭神を勧請して総社としたことによるものである。」 とありました。 この尾張の総社の「六末社」も もしかして 総社の名残を伝えるものなのでしょうか?)
拝殿の西側には、こんな物がありました。


↓はちまき、かなあ?「なおい」という文字が染め抜かれています。

これは「はだか祭(儺追神事)」の時に 皆の難をわが身に引き受ける「儺負人(ナオイニン)=神男」が 「3日3晩の精進潔斎と祈祷を行ったあと、身につけていた布を引き裂いて作ったもの」で、難を追い払う お守り なのだそうです。
因みに神社の「授与所」で通年でお授け頂けるもの、で お代は「5本 500円」、だそうです。
なおいぎれは「お札」の様なもので 効果は一年。古いなおいぎれは こうして(古札返納のように)お返しするもの、のようです。
_ 尾張の風習を「1」 知る事ができました。
さて、こちら 古い歴史を持つ神社ですから さぞや 大きな「由緒書」が設置されていよう、と思ったのですが・・・
なんと
↓コンパクトな タッチパネル式~ でした。

↑自動スクロール形なので 全文を写真に収める事ができずー・・・ 撮影、あきらめました^^;)))
神社の歴史・御祭神等々については 神社の公式HPをお読みください⇒ *
お参りの後は 名鉄の「国府宮駅」まで歩き、次の目的地を目指しました。
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<おまけ>
稲沢で見たマンホールの蓋達をご紹介。
↓国府宮の「はだか祭」

(↑神社参道近くで見ました)
(↓以下は稲沢駅周辺で見たもの)
↓ベニサザンカ(「ベニサザンカ」は「旧-市の花」、だそう/因みに現在は「菊」ですって。)

↓市のゆるキャラ_稲沢の緑の精「いなッピー」

いなッピーは「植木とアシタバの緑色・イチョウと銀杏の黄色・国府宮はだか祭のはちまきとフンドシ」で173.0(イナザワ)センチの男の子、だそうです。
↓アチコチで見かけました、よ。





<番外編>
稲沢駅西口南の郵便局近くで見た物なのですが・・・・
↓四分割された枠内に 花火や橋 お城スキーヤーが描かれています。どんな謂れが?と思ったら なんとこれ_「新潟県長岡市のマンホールの蓋」でした。(AIで画像検索したらすぐわかった_)

↑きっと友好+親善で「交換」した物なのでしょうね。
おしまい。(撮影8/20)