高尾山-6 奥の院~山頂~下山 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

(つづき)

では奥の院を目指して上がっていきましょう。



↑二つ目の階段のたもとに「都重寶 高尾山不動堂」と彫られた石柱。

↓上がった先に 丹塗りのお堂がありました。

これが奥の院-不動堂、ですね?

本地垂迹説では飯綱権現本地仏不動明王。という訳で権現堂の奥の院が不動堂、なのですね?)

↓説明板。

↑東京都指定有形文化財(建造物)
  高尾山不動堂
 薬師信仰と飯綱信仰の霊山として名高い高尾山薬王院有喜寺には、数多くの堂宇が建立されています。不動堂は、それらの諸堂の中でも一番奥まった急峻な尾根上に建立されています。もともとは現本堂の位置にあった護摩堂を明治43年頃に移築し、不動堂としたものです。不動堂は宝形造(平面形(←真上から見た時の形)が正方形または八角形で、屋根面が一つの頂点に集まる建造物)の小さな堂宇です。桁行・梁間ともに三間(6.26m)、四周に高欄を備えた縁をめぐらし、東側に桁行一間(2.17m)の向拝を設けています。内部の床は拭板張り仕上げで、正面と両側両側が畳敷となっています。平成13年に修理が完了し、外周の柱・縁・建具等は、彩やかな赤漆の色彩が甦りました。建立年代を示す史料はありませんが、建築様式から17世紀後半頃に建立されたと推定されています。堂内の奥側には、二本の来迎柱を建て、その前に堂と同時代といわれる附の須弥壇が置かれ、室町時代以前の作といわれる「木造不動明王及び二童子立像」(都指定有形文化財)が安置されています
  平成22年3月 建設
   東京都教育委員会 」

ほーう。


↑↓すぐ裏手に「富士浅間社」。

↑上に富士山を模った石が載っているのは「富士山十界修行塔」。(修験道の「十界修行」 の満行を記念して建てられるもの、とか)
↓そして その右の巻物状のプレートは「高尾山修験道 富士登拝十界修行」についての説明板、でした。


更に山を上がっていきます。



ベンチが置かれたミニ休憩所(?)がありました。

↓ベンチ前に設置されていた「11」のパネル。

↑山頂まであとちょっとだー。/パネルに載るMAPに元気をもらいました。

↓引き続き歩いていきます。


↓「12」番のパネル。


尚行きます。



↑なんだか こんがらがっちゃってますね?

↓「13」番のパネル。


↑頂上まで もうあと ちょっと。


↓建屋が見えてきました。


↑何だろうと思ったらー
↓給水所兼お手洗いでした。

↓無料で飲料水がGETできるって ありがたい事ですよね。

↓その先_左の道は登山道の「3号路・6号路」ですって。


↓山頂方向に少し行くと 今度は右手に「4号路」の合流地点がありました。

(おさらいにまりますが、私達が歩いて来たのは「1号路」です。)


↓道の先が「空」になった。

↓因みに 右手にあったのは 「カレー」「あんみつ」「おでん」「ソフトクリーム」の旗がはためく 食堂「やまびこ茶屋」でした。


最後の坂を上ります。


やれ 着いた。

広場の真ん中に山頂を示す柱が立っています。/ 登頂、成功!(599.15mではありますけれど^^;)

↑ぱちぱちぱち。

すぐ近くに「二等三角点」があった・・・ というのを 後で知りました。
↓場所を確認しようとグーグルMAPを開いてー

↓ポイントを「ストリートビュー」で見てみたらー

↓こんな感じの「小さな石のブロック」でした。


↑次回は ちゃんとよく見よう と思います。

でさてここは「十三州大見晴台」という所、ですって。

箱根に「十国峠(10の国を見られるポイント)」があるけれど ここは更にその上!
↓でこれがその「内訳」。

えー?伊豆も見えるの?_といぶかしく思ったら「天城山」が見えるそうな。へーーー。

↓展望所へ行ってみましょう。


天気が良ければ富士山が見える~という場所ですが、西側の山々はみんな 雲をかぶってますねー。


(↑富士山は、画面 ちょっと右寄りのところにある・・・らしい)
↓山の稜線が記されたパネル。

↓一段さがった場所にも 展望所が設けられてました。

(こんなに何か所も作らないといけないものかしら?という気もしますが、 紅葉の頃の登山客の数ったらすごいそうなので、、、 やはりあった方がよいのかも ですね?)


↓東京方向の展望所へも行ってみました。

↓特に何が見える訳でもありませんでしたが・・・

ここには最後の「14」番、のパネルがあり、 不思議な達成感を覚えました^^)

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さて、では戻って参りましょう。



帰りは、権現堂前から 本堂側へ下りました。


ここは行きしな通っておりませんのでね。

↓踊り場右手に石柱が立っていました。

↑「第十区」(←江戸火消し)の「木遣 高声会」の皆さんが奉納したもの、ですって。/ちょっとしか写っていませんが その右手の四角い石も「神田市場万惣信者中の磁石」という価値ある奉納物だったらしい。(もっとよく見るのでした・・・)

↓もう一段下ります。


(↑手前は本堂の屋根、右手に小さく見えるのは「仁王門」。)
↓踊り場に小社。

これは「飛飯綱堂」(扁額の文字は「飛飯綱」)、

↑中には 石造りの 狐に乗る飯綱権現さん がおいででした。
↓本堂前に出たところ。


↓この後も 来しなに通らなかったルートを~

~通ってたら

大本坊「客殿」前に出ました。

_後で知りましたが ここでは精進料理を頂く事ができるそうですね?


_いつか利用してみたいなあー。


<ちょっとよりみち>
でこの客殿の建屋の裏手を進むと 「福徳弁財天洞」というところに出るっぽかったので 行ってみたのですが、、、





↑不思議な所を通り ちょっとドキドキ_(+わくわく)。
↓ところが、その先を行くと弁天さんへの案内は消えててしまいました・・・。




↑「・・・」_
これは どこかで道を間違えたな?
と思い、きょろきょろしながら引き返しました。。。

が、弁財天洞は見つけられませんでした。

(後で地図をみたら、私達が引き返したポイントから ほんの十数メートル行った場所にそれはあったのですがー / 残念)))


でこの後は 授与所で飯綱さんのお札を求め_



「女坂」経由で 帰ったのでございます。

↑男坂と女坂の分岐点。(今歩いているのが「女坂」、右が「男坂」、 正面が駅への道です。)
↓あ、そうそう、 帰りはケーブルカーではなくリフトを利用しました。(雨は止んでましたので)


(ケーブルカーとリフトのチケットは「共通」。どっちを利用してもOKなんですね?)

あー いい旅だったー。/おしまい。
 
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<ちょっとおまけ>
山道でマムシグサ(蝮草)を見ました。


春とはまるで違う姿

しかし その先で すでに赤く色づいたものを発見。


いや 早すぎるわ!(撮影日6/12)