熱海へお昼を食べに行きました。
もしかしてまだ(少しくらいならー)ジャカランダが残っているかしら? と 駅から海岸へ下りようとして、、、
↓歩道脇に今まで通った事のない細い小径への入口がある事に気付き_

(↑田原本町交差点から海側へ下り始めたところ_)

(右手に小さなゲイトに「この階段をご利用下さい」とありました。)

「もしかして近道?」と歩いてみることにしたんです。
途中の絵、無しなんですが

↑上の「田原本町」の下の赤いポイントマークから 下の「お宮の松」バス停まで、ほぼ一直線で降りる事ができました。

このルートは途中まで「地元民御用達」な ローカル色強い 細い階段ですが、後半
「ラヴィスタ熱海」と 「パールホテル」という 新しい二軒のホテルの間、を通る部分は 広く新しく 歩きやすい階段になっていました。
「いい道見つけちゃった!」でした。
↓因みにこのルート、まだ標準地図には載っていません・・・。

(もしかしたら 道の両側のホテルが境界の私有地分を融通してくれた~ とかでしょうかね?/調べ切れてませんが_)

(↑ストリートビューに残る工事中の絵)
↑_ここまでの写真、全部グーグルマップからの頂き物、です。
↓ここからは自前。


(↑左がパールホテル、右がラヴィスタ。)

のっけから話がそれてしまいましたが、
ともあれそんな訳で、思いもかけず いきなり「お宮の松」バス停前に出られた私達~ だったのでございます。↑↓
↓少し右に歩いて 海側へ横断歩道を渡った先にあるのが ご存知 寛一お宮のブロンズ像。


↓作者 尾崎紅葉を紹介する碑。

↓像の左手にあるのが 二代目のお宮の松。(すぐ脇に添え松もあるので まるで仲睦まじい「二人」が寄り添っているように見えますね_)

(初代の松が枯死して 二代目+添え松を探す苦労話、熱海市のHPに載っておりました。⇒*
↑お読み下さればわかる話ですが、二代目はかつて海光町にあった「熱海ホテル」の物、 添え松は小田原は久野の農家-本多家にあった物~ との事です。/ 小田原市民は 2章の「本多大四郎という男」の段、読むベキ_ と思いました。)
↓近くにあった「お宮の松」のマンホールの蓋。

緑地の中の散策路を南へ歩きます。

(↑↓蛇籠(?)に貼られているパネルには『金色夜叉』の 寛一とお宮の別れのシーンの舞台がこの「熱海の海岸」である事~ など が書かれていました。)

でさて ここにはジャカランダの木が植えられており、6月初旬から中旬の花季には 薄紫の花が涼やかに風に揺れる~~~

_と聞くのですが 残念、今年は春の暖かさで開花が1週間以上ズレ、私達が訪ねたこの日は 「すっかり終わって」 ましたのでした。


代わりに(?)

花の色や形状がなんとなく似ているアガパンサスが 遅れてやって来たオトボケ者を慰めるように咲いてくれてました。

その他の花。
↓カンナ。


↓ん?この花びら、は?



↑あ、デイゴ? _ かと思ったのですがこれは アメリカデイゴとヘルバケアを交配して作られた サンゴシトウ(珊瑚刺桐)という花、だそうです。(へー)
この後は、サンビーチ(海岸)へ出るデッキを通り~







「ジャカランダ遊歩道」を歩きました。



_って はい、御覧の通り ここのジャカランダも終わってましたけどね^^;)
↓でもここにジャカランダの説明板がありました。


↑「カスカイス市(ポルトガル)・熱海市
国債姉妹都市提携記念樹木
ジャカランダ(ノウゼンカズラ科)
平成2年(1990)7月2日 」
へー、熱海はポルトガルのカスカイス市と姉妹都市だったんですねー。
その先にブーゲンビリアのゲイトがありました。




(↑この白い部分が「花」。ピンクの部分は「葉」が変形した「苞」なんですね?)
あ、あの 一番奥のジャカランダの木には まだ花が(そこそこ)残ってる!




↑木の下には 前日の雨で落ちたらしい花が 薄紫の丸 を描いてました。
↓ああ、最後にこの木の下が歩けて良かったよー。

もう一つブーゲンビリアのゲイトをくぐります。


_これで 遊歩道はおしまい。
↓ジョナサン前に出ました。

では お昼を食べに行きましょう。

(↑このあたりの街路樹はみんなジャカランダ。/花の頃は「それはもう」らしい~。)
_つづく