静嘉堂(セイカドウ)文庫美術館で「たたかう仏像展」を観ました | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
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(つづき)

では 静嘉堂文庫美術館(明治生命館1F北側)へ。

今回掛かっているのは「たたかう仏像」という企画展。
(会期は2026年1月2日(金)~3月22(日)
-[期]1月2日(金)~2月8日(日)-[期]2月10日(火)~3月22日(日)~ という事でしたが、細かく言うと実際には三回に分けられていました_。詳しくは後程。)


(↑館内見学のおり、2階からチラとこのロビーフロアも見られましたっけね?)


Gallaery1から見て参りましょう。
(展示室内_、携帯に限り撮影可。)

仏_...如来や菩薩は「戦ったりしないんじゃないかな?(戦うのは明王や天部の武将でしょう?)」なんて思っていましたがー
↓いきなり明王スタイルで憤怒の形相を見せる「五大力菩薩像(重要美術品/南北朝時代)」を見る事に!(五大力菩薩の御名は、中央が金剛吼菩薩、左上-無畏十力吼菩薩、右上-雷電吼菩薩、左下-竜王吼菩薩、無量力吼菩薩。)

↑わーっ 菩薩様が怒ったはるー!

↓こちらは「不動明王 二童子像(南北朝時代/重文)」

(↑剣を握り炎を纏うお不動様の、頭上にも 足元にも 竜! 凄まじい。)

↓「妙法蓮華経変相図(宋)」/これは 「『法華経』の内容を絵画化したもの」とかで、当時の人が世界(宇宙)をどう考えていたのか がわかり とても面白かった。


↑花や楽の音が雨の様に降る空間では、 如来が菩薩たちに法を説き 獅子はペットの様に小さく大人しくしている~・・・ しかし高い塀の向こうば別世界。そこには愛別離苦などの苦しみが存在し~・・・。

Gallery2_。
ここでは眷属の皆さん、を鑑賞。


↑左から「騎獅文殊菩薩像(南北朝~室町時代)」、「熊野曼荼羅(重文/南北朝時代)」、「釈迦十六善神像(江戸時代)」。

↑「騎獅文殊菩薩像(室町時代)」←是非拡大して文殊様がたたえておられる 不思議な笑み をご覧下さい。
↓「帝釈天像(高麗時代)」


↑この絵の見所は 帝釈天が手に持つ扇に描かれた「忉利天(トウリテン)」(←須弥山の上にあるのが忉利天という世界。そこに建つ宮殿は 「善見城」。)、だそうな。

↓これも興味深かった。「十一面観音菩薩坐像・春日厨子(鎌倉時代)」。小さな逗子と その中に納められる小さな仏像。

(↑十一面観音の厨子に明王達と春日大社の四社が描かれている、というのは 現代人にはわかりにくい感覚ですが、「神仏習合時代」の人からは 「十一面観音は春日権現の結縁仏」として 「当然」なのでしょう_)
↓それにしてもこんな(と言っても写真では伝わらないかもしれませんが)小さな小さな逗子に こんなに精密な絵が描かれているとは!

↑尚、仏像の裏面には「出家した女性の肖像が描かれている」そうな。(どなたでしょうね?)

↓こちらは「十王図・二使者図 全12幅のうちの七~十王(重要美術品/元時代)」 あの世の官僚_十王の皆さんです。

↓右から~
・七七(49)日に裁く 第七 泰山王。
・百か日に裁く 第八 平等王。

(↓同じく右から_)

・一周忌に裁く 第九 都市王。
・三回忌に裁く 第十 五道転輪王。(武人として描かれているところにご注目。)
それにしても_一人の人間の死後の身の振り方、なかなか決まらないものなんですね?

続いてはGallaery3で「俑(ヨウ)」を鑑賞しましょう。

↓「加彩武人俑(後漢~西普時代)」

↑歯をむき出して戦う武人。本気度、伝わってきますね。(右手には武器を持っていたものと推察されます。)_ しかし あのー こちらも仏様なんでしょうか?
↓がともあれ俑というのは 墓所を守る者 として置かれるものだったらしい。

↓こうして後の世(唐代)の「天部の方達」を眺めると~ _ 先ほどの古代の武人俑は 確かにその「先輩」と見えますね?

↓時に・・・ すみません、不敬な話ですが、先日大井町でクイーンの映像を見たり トリビュートバンドの演奏を聴いたりしたせいか どうも天部の皆さんのポーズが 熱唱中のロックのボーカリストのように見えてしまいます・・・。






↓こちらは「三彩官人像(唐時代)」

↑左が武官 右は文官 と考えられているそうです。/ 武官の冠は「進徳冠」と呼ばれる物らしい。
↓武官の冠の後ろ部分。(全面にもある 山形 が後面にも認められます。)

↑身分により飾り等が異なっていたらしいー・・・。

↓「三彩神将俑(唐時代)」

↑怒髪天を衝く~を形にしてみました な俑ですね?
↓あら、頭上にダグトリオ

_な訳はなく「人頭」です。(怖っ)/ 密教の影響 が考えられている、そうな。

続いては鋳造仏を見て参りましょう。
↓「観世音菩薩立像(北魏)」

(明王ばりに? 火炎に包まれた観音様は初めて見ますー)

(↑横から。)

(↑背面に「二仏並坐像(ニブツビョウザゾウ)」/ これによりベースに法華経信仰がある事が伺える~ のだそうです。)

↓「如来坐像・力士立像(晩唐~五代)」

(↑力士さん達、逞しそうで 頼もしい。/ 尚、調和の撮れている二体の力士さんですが、意外にも鉛含有率が違うなど「同一期に作られていない」事が判明している、のですって。/右の阿形が後から作られた物のようですが 後から作るって 難しい事だったでしょうね?)


日本の仏師の作品を見ていきます_。
↓「兜跋毘沙門天(トバツビシャモンテン)立像(平安時代)」_足元を支えるのは地天女(チテンニョ)。

↓「広目天眷属立像(重文/鎌倉時代)」


↑ありえない者がリアルに表現されているー。/高い技術力とデザイン性に 驚かされますね?
↓こちらは「十二神将立像/巳or未?(鎌倉時代)」

(この像は 頭部についている飾りの干支が何なのか ちょっと判別が難しい、のですね?/ 十二神将立像については この後Gallery4でまとめて鑑賞する事になります_)

↓「毘沙門天立像・朱漆塗厨子(江戸時代)」

↑中に毘沙門天を納める小さな厨子。扉を開くと 右に妃の吉祥天、左に子とされる善膩師(ゼンニシ)童子が現れます。(仲良し 三人家族、なんですね?

↓「騎獅文殊菩薩像・騎象普賢菩薩像(江戸時代)」
獅子に乗り知恵の剣を持つ文殊と
象に乗り蓮華を持つ普賢。

(こういうテーマで見なければ 文殊菩薩が「剣を持った仏」である事 意識しませんよねー。)


最後にGallery4 で見たのは、 「十二神将像と十二支の世界」。

かつて浄瑠璃寺(京都府木津川市加茂町)にあった「十二神将立像(重文/鎌倉時代)」のうち、この日は子・丑・寅・卯・午の五体が展示されていました。残りの 酉・亥二体は「後期の期間の3/3~22」のみ展示、との事で 私達は見る事ができなかったんですねー。

(補足/浄瑠璃寺旧蔵の十二神将立像は、 ここ静嘉堂文庫美術館が七体、残り五体_辰・巳・未・申・戌_は国立博物館にあります。)
左から見ていきましょう。
↓子。


↓丑。


↓寅。


↓卯。


↓午。


(↑本人は困り顔だが 頭の上の馬は笑ってる???)

ともあれ_ 一体一体 違うポーズ、違う頭飾り(干支を模ったもの)が載る武将たち、見応えありました。

今回はホワイエでも展示が行われていました。
_ホワイエにあったのは刀。/「象徴から図像へ-刀に刻まれた仏-」という題での展示でした。

↑刀銘「国路(桃山時代)」/出羽大掾(デワダイジョウ)藤原国路(クニミチ)作。
↓表に大日如来の種字(シュジ)「バン」と毘沙門天。

↓裏には不動明王の化身-俱利伽羅龍王(クリカラリュウオウ)。


↓こちらは槍。「備前国住(ビゼンノクニジュウ)長船(オセフネ)勝光宗光(カツミツムネミツ)
(室町時代)」備中於草壁庄作(ビッチュウクサカベノショウにオイテツクル)(勝光と宗光兄弟の合作、なんですね?)

↑不動明王の持ち物「三鈷剣」が刻まれています。


<+>
ショップも 撮影OKでしたよ。


(↑これは_展示期間が合わず私達が見られなかったところの_浄瑠璃寺旧蔵「十二神将立像のうち亥神像」ですが、 矢が真っすぐかどうか目をすがめて確認している いかにも武人らしい仕草、面白いですよね? 実物 見たかったなあー。)

おみやげ、他にも色々あったのですがー

私が買ったのは 国宝「曜変天目茶碗」のぷっくりした塩ビコートのマグネット。

妹への誕生日プレゼントにいたしました^^)/ おしまい。