
↑2日の往路4区、3日の復路7区となっている小田原では この二日間のレース期間、一号線沿線には多くの観戦者が集まり 選手に声援を送ります。
すみません、私達は今年も「ベランダから」の ナンチャッテ観戦 をしてしまい、お見せできるような写真は撮れていないのですがー 備忘録的に 文字を打ち 絵を貼ろうと思います。
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往路の日は、お天気も良く 箱根を見やっては「ランナー達は あの(ぽこぽこした)二子山(フタゴヤマ)の向こうの芦ノ湖湖畔まで走るんだなあ~」と思いながら 正午頃の走者の到着を待っていました。

先導車 中継車に続いて 最初に現れたのは中央大学の白川陽大(ヒナタ)君でした。(この時点では中央がトップだったんですねー)

↓続くランナーは創価大学の野沢悠真君。(後ろ姿だけで ごめん)

_この後 順位は大きく変わります。。。
二日目_復路の日の朝、
箱根の上空には雲が載っていました。

でも この「薄曇り」の天気は 東を向いてランナーの目には優しく、又 カメラを向ける者にもありがたい事でした。(例年だとランナーは 建物の陰と日向の縞々の中を走って来るので 「日向の時」を狙わなくてはならないのです。が 薄曇りだと ずっとランナーを追える んですねー。)
↓ぶっちぎりでトップを走ってきたのは 青山学院の白石光星君でした。

少し遅れて 二位中央の岡田開成君。

全てのランナーが走りすぎると 沿道の人々は拍手を送りー 三々五々家に戻っていきます。/ こうして 小田原のお正月は 終わります。。。
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<ひとりごと>
例年だと 最終ランナーの後ろを 自転車の一団が追走(?)するのですが、 今年はそれがありませんでした。(往路の日 一台だけ 後ろを走る自転車があったのですが、復路の日は 一台も。) あの自転車の一団は あれはあれで「風物詩の一部」で良かったし 何より「レースは終わったのだ」という事を沿道の人に知らせる役、をしてくれていました。 なぜ「無くなった」のでしょう? 交通規制を長く引っ張るから、かな? だとすると仕方ありませんが、 ちょっと寂しいな と感じた事でした。