西光山自性院無量寺(通称:猫地蔵) | おだわらぐらし

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今回はお墓参りの途中 こちらへ寄ってみました。「西光山自性院無量寺

(脇の看板に「豊島八十八ヶ所第二十四番霊場/真言宗豊山派/西光山自性院//自性院会館・猫地蔵 入口」)

以前から関心は持っておったのですー。
↓何しろ「猫地蔵」がおいで、だそうで。(という訳でこちら「猫地蔵」とか「猫寺」とか呼ばれています。)

_猫地蔵 、、、 どんなお地蔵様なのでしょう?

↓因みに 参道横にいるのは お地蔵様ではなく「招き猫」です。


(どこか漫画『アタゴオル』の主人公 ひでよし に似た貫禄ある猫^^ 小判もなんだか湯たんぽに見えたり~。) しかし 猫地蔵がおいでのお寺に 何ゆえ招き猫が置かれる事になったのでしょう?


説明板に載ってるかなー?

↑いや これは「板碑(イタビ)」についてですが・・・。(”福徳”という「私年号」が刻まれた 阿弥陀如来の種字の板碑で 珍しい物だそうです。/尚この板碑 境内では見つけられませんでした・・・ もしかしたら御蔵とかに保管されていたのかも?)

奥へ進みます。

左手(東)に赤い鳥居_。


稲荷社でした。


こちらは弘法様でしょう。(真言宗豊山派のお寺ですから)

(↑後で知りましたが こちらは弘法様が日光へ参詣なさる途中に立ち寄って観音様を祀ったのが始まり~ というお寺、だそうです。)

その向こうに地蔵堂。



↑扁額には「猫地蔵」と記されています。
中には 丹塗りの華やかなお厨子。あの中が「猫地蔵」様かな?(猫地蔵は毎年2月3日の「節分会」に御開帳なる 秘仏 ですって。)/ お厨子の右手に彩色された木彫と見えるお地蔵様がお立ちでした。秘仏の代わりの前立ちさんかもしれません。/そして その周りには 沢山の招き猫達が~。

で、近くに 由来 所以 来歴 諸々が書かれた説明板があるかしらー と思ったのですが、見当たりません・・・。
やむなく自性院さんが経営なさっている自性院会館の頁にリンクを張ります⇒
(なるほど、弘法大師が日光への途中観音を祀ったのが始まり~の自性院。/ 時代は下り_戦国時代、江古田原(エゴタハラ)・沼袋の戦いの折 道に迷った太田道灌が黒猫に導かれて自性院にたどり着いた。難を救われた太田道灌は(一説に戦いの後 猫を江戸城に連れ帰って可愛がり~)猫が死ぬと 地蔵像を造って自性院に奉納した~ それが「猫地蔵」なのですね?)

もう一つ_
Wikiの「招き猫」の項に「自性院説」がありました⇒
_ここには
「江戸時代中期に、豪商が子供を亡くし、その冥福を祈るために顔が猫面の「猫地蔵」を自性院に奉納した」_と載ります。
へー こちらの猫地蔵さんのお顔は猫に似る、の???
いつか拝見したいもの。。。

↓お堂の入口近くに「御詠歌」を刻んだ石がありました。

「猫形のほとけのちかひありがたや  かつらの里にかをりとどめて 南無地蔵尊南無地蔵尊」
続いて載る「西光山自性院猫地蔵和讃」は お寺の縁起 になっていました。
(あら三番の詩、 猫面地蔵の由来は 子の冥福ではなく「貞女の亀鑑称えんと~」になってますね? 色んな説がある、のかな?)

境内西に本堂。

本尊は阿弥陀如来だそうです。(多くの真言宗のお寺の本尊物は大日如来ですが 阿弥陀様を祀るお寺もあるんですね。こちらの寺号「自性院無量寺」の無量は阿弥陀仏を示しているのかも・・・)
お賽銭を上げて 合掌。(お賽銭箱の紋、何でしょう? 五つ立ち葵???

(撮り忘れてますが 入口上には「光明殿」と書かれた板が架けられていました。)

北には平和観音。

(↑右の「復興記念碑」は 平成に入っての 本堂・庫裏・猫地蔵堂を建て直した事を記念して立てられたもののようです。尚 上の種字は阿弥陀三尊。)

↑古風と見えて 上に鳩の意匠。/現代のセンスをお持ちの観音様ですね。

東の門から退出します。


門の南に墓地があるので このあたりには地蔵像が沢山並んでいました。


↑猫地蔵堂側には 六地蔵と~ 身代わり地蔵。
↓身代わり地蔵は布団に臥した 寝姿 のお地蔵さんでした。(本人の代わりに臥してくれる、のかな?)

門を出たところ。



_ありがとうございました。