弘前城-本丸(有料エリア) | (又)おだわらぐらし はじめました

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 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

では天守閣のある本丸に入ったところから。

↑広場の中ほどまで曳家で移された天守閣。(360度 全方向から鑑賞可能~ ではありますが、戦略的には ここに三層の天守閣があってもねえー?です。/ 当然ですが 石垣の修復が済んだら元の場所に戻される、そうです。)
↓内堀際の石垣の上にあった かつての姿。


天守台跡は 見学者用の 物見台になっていました。


↓物見台からの眺め。


↑おー お城のバックに岩木山を入れる事ができる!(元の天守台にお城があった頃は撮れない絵^^)/ 物見台 上がってみてよかった。

では天守閣に上がりましょう。



(↑破風部分、懸魚の後ろに黒い青海波の鏝絵!)

↑ここが入口。
↓脇にあった説明板。

へー これは「二代目」なんだ。築城時(1611年)に建てられた天守閣は五層で本丸西南隅に建てられるも1627年に落雷により焼失。「現在の店主は、九代目藩主 寧親(ヤスチカ)が櫓造営の名目で幕府の許可を得、文化七年(1810)に完成したものである。(中略)江戸時代に建築され、現存する天守としては、東北地方唯一のものである、小規模ではあるが、全国の城郭店主の中でも代表的なものである。」
なるほど!櫓造営の名目で~!(天守閣の造営にはなかなか許可がおりなかったと聞きます。江戸城でさえ再建していないのに 田舎のお城に天守閣~? って感覚だったのでしょうか?/それを「櫓ですのでー」と言って許可をもらったのだ。 三層の小ぶりなものにせざるを得なかったとはいえ津軽家の皆さんには「念願叶った~」だった事でしょうね。)

中に入ってみます。




↓北。

↓東。

↓南。

↓西の窓からは岩木山が見えました。(木がちょっと邪魔でしたが・・・)


広場ほぼ中央に置かれた天守閣。

元々あったのは本丸の「南西」というから「未申櫓跡」あたり、かな?

↑(天守閣前から未申櫓跡へ移動する動画)/ このへんに五層の天守閣があったのならー きっと岩木山が綺麗に見えた事でしょうねえー。


↑本丸西に 岩木山をバックに納められる撮影スポットが作られていました。

それにしても、本丸も桜が一杯だな~。









↓本丸から北の郭(←ここも有料エリア)に渡る「鷹丘橋」。





橋からの眺め_。


北の郭に入ったところ。


↑「ファーストレディ」という名の桜。(ちょっとオカメ入ってる?って感じの花の色ですね?)

↓「桜のトンネル」の方へ行ってみましょう。


_つづく