浅虫温泉の八幡様 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

一泊した浅虫温泉「辰巳館」を出た後は、 近くの八幡様へお参りしました。



↑鳥居の扁額の文字「八幡宮」。

石段を上がります。

参道脇の社号標の文字は「八幡神社」。

由緒書。


↑御祭神- 譽田別尊
 御事歴-(紹介文)
 御由緒- 弘安五年(1282)創祀と伝えられ村中の信仰するところとなる 一説に延宝二年(1674) 諏訪十郎義國当地開基の砌(ミギリ)勧請すと  明治六年三月十三日村社に列せらる」
(↑よくわかりませんが 二つの説がある、という事でしょうかね?)
<+/ aotabi.comさんの浅虫温泉: 八幡宮によると 社殿は「大正4年(1915)に再建されたもの、 又拝殿と本殿はわかれている~、 そうです。

手水。

(↑左手には「奉納」と彫られた石。)

社殿(拝殿)が見えてきた。

鳥居の扁額には「奉納/八幡宮」と記されています。


改めて 八幡様、です。


阿吽の狛犬達。


↑素朴にして どこかひょうげてもいます。
↓社前の細い柱は雪囲いを取り付けるためのもののよう。/ ステップに載せられた緑のシートは滑り止めかな?


虹梁の上には鶴?

鈴、めっちゃ多い!(人気のお参り処なのだ。)

私達もお参りします。


少し境内を歩きます。

↓海側に 社号標とー・・・


神馬像。

ちょっと とんきょう な顔をしていますが めんこいぞ^^)

北を向くと 下に線路が見えました。


そうかここはトンネルの上、なんですね?
↓青森へ向かう電車が走って来ました。


これは 歌碑のようですね。


「折めづる こころも波のあまの子が 花こきちらす 春のてすさみ」
_江戸末期の旅行家-菅江真澄(スガエマスミ)という人の歌だそうです。
(折ったり こき散らしたり~ というのが「あまの子」らしく素朴で荒っぽくて面白い^^)

右には_
「寛政十年(1798)三月半ば 浅虫温泉にて
 ここに日数ふるままに野路には すみれ、かたかご(カタクリ)さきまぜて、いそ山ざくら、波のうつかと盛りなるに 鳥の色音をつくしてやゝ春のくれ行くもおしく とにあふげば ちかき山より折来しとて わらわはの手毎に 花もてあそび あるはこち散らし うちたはれて はまぢにつどふ。(菅江真澄著『外浜奇勝』より)」と刻まれていました。


山側に忠魂碑が立っていました。

(この町からも出征した若者達がいたのです_)

石段脇にMAP。

「自然遊歩道ルート案内図」。

少し歩いてみます。

ああ、「湯ノ島」だ。

右手には はだか島。


更に登ります。

一種 唐突に 新しい板塀が現れました。

何でしょうね?と思ったらー

板塀の向こうに社が建っていました。/ さっき私達がお参りしたのは拝殿で ここが本殿だったもよう。

垣は 傾斜の途中に 僅かに付けられたものなので 本殿へは「近づこうと思えば近づける」状態でしたが、造り的に 「近づかないで」というメッセージが聞こえてきたので 参拝は垣の外から、いたしました。

散策路はまだまだ続いていましたが、
時間はありません。
戻ります。

帰り道_

そこかしこに カタクリや~


イチゲの仲間たちを見ました。





さっき見た菅江真澄の歌碑の横に記されていた文に「かたかご(カタクリの花)」が登場していたのを思い出しました。 そうか 菅江さんも この季節の浅虫を歩かれていたんですねー。


この後は(来た時と同様)「青い森鉄道」の電車に乗って青森へ~。

そして(JRの改札でSUICAのデータを修正してもらってから~)
JRの電車に乗って「弘前(ヒロサキ)」へ向かいました。


つづく