五月五日_、こどもの日の午後は 甘柑荘(戦後日本の初代最高裁判所長官となった三淵忠彦が、昭和初期に別荘として建て 後に本宅とした家)に無持菴さんが掛けられた呈茶席に寄らせて頂きました。
板橋の旧東海道を箱根方向へ歩いています。
この日は小田原市内の四つの神社の例大祭の最終日。通りには神社の旗が立ち あちこちから神輿や山車のかけごえが聞こえてきます。(ちなみに ここ板橋エリアは「居上(イガミ)神社」の神域です)
おーっと 向こうから子供達の曳く山車が来ましたよー。
やあ、可愛いなあ^^)
楽しそうー
_と見えたのだけど、車輪を操作して軌道修正する大人たちの働きを見ると「大変そう!」でした・・・。
↑お疲れ様ー ありがとうー。
(前ふり 長くなっちゃった)
さ、甘柑荘の方へ。
(↑小田原用水の北側の道を歩いています。)
↓北に霊寿院の見える坂を上がるとー
お寺の手前右手に甘柑荘。
あ、門にかわいい鯉のぼり。
子供の日、らしいですね^^)
入口前の受付へ。
「こんにちはー。又伺わせて頂きましたー。」
↓前回 も貼った絵ですが 木を埋め込んだユニークな土間。(←現在は「床」として使われており、見学者は手前で靴を脱いで上がらせて頂いてます。)
甘柑荘はこの土間で東西に分かたれており、現在は西がプライベートエリア、東が公開エリア になっています。
↓東の上がりかまちから入室。
お軸(お手紙)の下には五月人形が飾られていました。
↓掘りごたつのある座敷の北の間で、お茶を頂戴します。
(お許しを頂いて 写真を撮らせて頂いてます。)
棚のお花は お庭の青葉もみじと蜜柑の花。落ち着いた色の壁、板、渋い色の籠に 映えます。
↓竹の結界の手前_。シュっとした鶴首釜の載っている風炉(瓶掛)は薩摩焼だそうです。水差しは三島でしょうか。
↑棗 茶杓 茶筅_良い景色。
↓お茶碗は 風呂とトーンが合ってて白薩摩風? 内にも外にも 縁起の良い瓢箪が描かれています。
先生のお点前が始まりました_。
先生が点てられたお茶を 半東(ハントウ)さんが お菓子と一緒にお盆に載せて 目の前に出して下さいます。
「お点前頂戴いたします」・・・と! すっかり作法を忘れお茶を一口飲んでしまった アタクシ・・・。(とほほ)/ お菓子から頂きませんと^^;)
↑時に、今回頂いたこの餡ドーナツは_ 何と小田原市内の「鈴木製餡所」と 地元のスーパー「小田原百貨店(略称 おだひゃく)」のコラボ商品だそうです。(へー。おもしろい)
↓亭主は楽茶碗でお茶を頂いております。
(亭主は 失敗せずに頂けてました^^)
今回も又(私だけ)「失敗の巻」でしたが_
先生 半東さん ありがとうございました。
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おいとましようとしたら 今回も管理人さん(三淵さんの曾孫さん達)が 「庭で朝摘んだみかん お持ちになって」と言って下さるので_
恐縮しながらも ありがたく頂戴しました。/ 折角です、又ママレードを作ってみましょう。 (今回はうまくトロミをつけられるかな^^?)
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で この後は又 時折祭囃子の聞こえる初夏の板橋を歩いて帰りました。
(↑甘柑荘の一つ西の坂を上がると_)
(↑右手に政治家としても 又 茶人としても知られる 山縣有朋公爵の別邸古稀庵。)
(↑その一段上には同じく山縣有朋公が所有していた皆春荘。)
(↑香林寺の方へ下りる 竹の小径。)
(↓その 一本北の道を回って~・・・)
(↓香林寺へ。)
(↓香林寺のハス向かいの松永記念館(←茶人・松永耳庵の住まいと茶室が保存されています) の瓦土塀。)
(↓竹の小径を西側から見たところ_)
_甘柑荘が建つ板橋エリアの雰囲気をお伝えしようと思ったら 長くなってしまいました・・・^^;)/ おしまい。