清津峡で一泊した翌日は、湯沢の町へ向かいました。
が まず その途中_
JR土樽(ツチタル)駅近くの「毛渡沢(ケドサワ)橋梁」を見ました。
↑県道541号線から魚野川(ウオノガワ)の支流-毛渡沢の堰の向こうの関越道の~
↓その又向こうのJR上越線の鉄橋を見ています。
(↑この位置からはわかりにくいのですが、橋脚が上りと下りで違っています。)
近づいて見ます。
↑左 上りがコンクリート製、右 下りが古い石積み、です。
↑右は 昭和6年(1931)に 『雪国』冒頭の「国境の長いトンネル(=清水トンネル)」と同時期に完成したもので 土木遺産になっているそう。/ 左のコンクリート製の橋脚は 上越線が複線化(昭和42年/1967)された折の下り線用に作られたものとか。
という訳で『雪国』が書かれた時代の橋脚は 古い方 のみ、になりますね。
しかし_
上越線が複線化される時、下り線 に新しい施設があてられたので、今我々が『雪国』に向かう時は 古い橋梁 の方は通れない、のだったのですねー・・・ (ドウデモイイデスカ?)
<+>
次の日の午後、 群馬の「棚下不動の滝」を見に行きましたが、途中通った「第三利根川橋梁(上越線)」も 似た雰囲気を持っていました。
(新潟の毛渡沢橋梁と逆で、ここでは 下り線の方に古い石積みの橋脚が使われていましたよ。)
↓面白く思ったのはここ。古い橋脚の上に「継ぎ足し」が施されているんです。
↑この石積みの橋脚は 元々この高さに作られていたのかな? それとも 壊れて尚 全部作り直さなくてもよいだけの耐久力があるとされて 補修だけ で済ませられている、のかな?
何にしても 古い物が 現域で頑張っている姿を見るのは 嬉しいものですね^^)