箱根板橋 旧街道筋 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

昨日は亭主と箱根板橋界隈を歩いてみました。(でも「見る」に気を取られ(?)あまり写真を撮らなかったので 記事にしようと思うと「全然動線がわからないー」。という訳で ストリートビューからもらった絵もぺたぺた)))

まずは一号線を箱根方面に歩いてー

居神神社(イガミジンジャ)前を通過ー。


(居神神社は、北条早雲に攻められて滅んだ三浦氏最後の当主:三浦義意(ヨシオキ)を祀る神社。
↓お祭りの日はこの石段途中の鳥居の下を 御神輿が苦労しながら潜りますー。)


さて 今の「一号線」は神社前を直進していますが_

↓江戸時代の街道は 神社の先の板橋口で「鉤」に曲がっていました。ここに城下を守る「板橋見附(ミツケ)」があったからです。


では「板橋見附」交差点を北(右手)へ上がって、旧街道に入りましょう。


新幹線の架橋下 手前に お稲荷さんの小さな祠があります。

中には 狐さんが

みっしりっ

仲良し大家族のようで 微笑ましい^^)

旧東海道_道の先に箱根の山々が見えてきます。

道沿いには味わい深い佇まいの建築物もぽつぽつ残っていましたが、ほとんどは住宅になっていました。(十年前は まだ「現役」の建屋でお商売を続けているお店が幾軒もありましたが、、、 )


あら、下田豆腐店、喫茶店になってるわー。

「如春園(ジョシュンエン)」ですって。

(カレーランチもあるらしい。又改めて伺ってみようー)

(↑ストリートビューではまだ「豆腐店」だった~)

昔お醤油屋さんだったという内野邸、まだ残ってる、嬉しいなあ。


武功醤油の看板もそのままだー。

(↑以前「街歩き検定」の時にガイドさんから説明を受けましたが、この石のアーチは 醤油の原材料等を貨車で敷地内に入れるための「トンネル」で、「レール」も敷かれていたそうです。 /+ 箱根への鉄道も できた当初はこの旧街道を走っていたんですってー)

右手に銀杏の木が見えてきた。

板橋地蔵尊(宗福院地蔵堂)、です。


挨拶していきましょう。

本尊は「延命子育地蔵大菩薩」。(「弘法大師ご彫像」と伝わる有難いお地蔵様ー)

ここは街道を行く人が道中の安全祈願に寄る場所だったそうですよ?(そして小田原市民的には夏の終の地蔵盆にお参りするお堂。地蔵盆の日は露天がならんで賑やかです。今年のお祭はコロナのため中止、だそうですが・・・)
↓お堂の南東の角に「福興大黒尊天」。

この大黒様は関東大震災の翌年、城山の楠の木に直接彫られた物で「福興大国神」と呼ばれていたそうです。が後年この地蔵堂に移される事になり、(仏教の方のダイコク様として)「大黒尊天」と呼称が改められた_ といいます。/ 今はお堂に「しっくり」馴染んでおられますね?


この後は「松永記念館」へ行ってみました。

_つづくー