泉佐野に到着~。
↓駅前のロータリー。(駅南側)
↓振り返ってみた駅。
↑ガード下のコンビニでお茶を買って、
↓_改めて散策に出発です。
↓も一度振り返ってみた駅。
駅から北へ歩くと 海へ出ます。
が、 まずは 商店街を抜けて「春日神社」を目指しましょう。
駅前通をまっすぐ北へ上がるとぶつかる 「つばさ通り商店街」。
(つばさ通り~ って事は関空が出来てからの名称ですよね? 元は何って言ったのかなー?)
この商店街を東(正確には東北東位?)へ歩いていきましょう。
(↑元銀行~ っぽいこの建屋は「デイサービス サロンde元町」だそうです。)
<シーン抜け>
アーケードを抜けるとー
右手に「チウチ」という練り物屋さんがありました。
(店名、気になるー。漢字でどう書くのかしら?)
で、その先 左手側に見えてくるのが 春日神社。
光仁天皇の時代に坂上苅田丸(←田村麻呂のお父さんの坂上苅田麻呂?)が奈良の春日大社を勧請したのが起源。秀吉の根来攻めの時に一度焼失するも その後再建された神社だ_ といいます。明治時代末に神社合祀政策が出されると ここに近隣の小社が29も合祀されたそうです。/社格は「村社」。
(詳しい話が「泉佐野の商店街」というサイトの「地場名所めぐり」→「春日神社と太鼓台」に。)
↓鳥居の扁額。
まずは手を清めましょう。
水は龍の口から供給されていました。
拝殿。
(↑拝殿前の木は「左近の桜と右近の橘」だそう)
ん?破風の上~ はわかるけど 棟の上 ちょい左に「経の巻(←瓦)」が載ってますね?
あの奥に 拝殿と直角に接する建屋があるという事でしょうか?
(時に瓦の模様は「大正」?)
気になったので航空写真を見てみましたー。
↑なるほど、こうなってたんですね?
(拝殿側からはわかりませんが・・・。)
ぱち ぱち
御祭神にご挨拶。
(こちらの春日の神様は 大社の四柱に御子神を加えた五柱だそう)
さて、境内の北に末社として 「赤手拭(アカテヌグイ)」という稲荷社がありました。
名前がユニーク!と思ったのですが なんと同名のお稲荷さんが浪速区にもあるんですって。(上方落語「ぞろぞろ」の舞台 浪速区の稲荷神社が「赤手拭」だそう。)
しかし、じゃ 浪速区から勧請したのかな? と思ったら ここの赤手拭神社は(泉南郡にかつてあった)東鳥取村の村社の境内社を移したもの とか~。(という事は 赤手拭 というお稲荷さんはあちこちにある、のかな?) / 御祭神は倉稲魂命(=稲荷神)に加え大山祇命だといいます。
来る時は南の鳥居から境内に入りましたが、 退出は東の鳥居からー。
(↑奥に見えているのが 東の鳥居)
この後は迷路のような住宅地を抜けて海へ行ってみました。
つづく。