(↓JRの鶴橋駅を北へ出たところです)

府道702号線を渡って東へ行くとー
↓「玉津3」交差点に出ます。

そのすぐ手前の道を北へ上がると~

目指す比売許曽神社が正面に見えてきました。

鳥居前を右手(東)に抜けると府道26号線に出ます。

_ が そちらへは後で回る事にして。
鳥居を潜って境内へー。

鳥居の右にしか狛犬がいないなーと思ったら
↓あ、左の狛犬は倉の陰にいたのねー でした。

きづかなくて ごめんなさいね?
さて まずは手を清めましょう。

水道のお水を使わせて貰いましたー・・・。

手水舎の向こうに 大国主命(←本殿の主祭神の父神様)を祀る祠がありました。

その向こうに本殿が。

拝殿前の狛犬達は正面を向く ちょっと珍しいタイプのものでした。


拝殿正面_

「こんにちは」
改めて_比売許曽神社、とは。
詳細はWikiの比売許曽神社に丸投げさせて頂きたいと思いますが_
ともあれ そういう訳で(?)古事記には「新羅のアカルヒメ」が祀られている と記されていますが、現在の主祭神は下照比売命(シタテルヒメノミコト)です。 (アカルヒメは平安時代に記された延喜式では、難波ではなく住吉郷の赤留比売神社に祀られている、とされ 現在も記述通り平野の赤留比売命神社にお鎮まりです。)
江戸時代になって こちらが下照比売命を主祭神に定めたいきさつは私のような者にはよくわからないのですがー・・・
出雲の大国主命の娘である下照比売命は 島根から越して来た私には懐かしい女神様です。
(下照比売命は 高天原から国譲りのための使者として遣わされた天若日子(アメノワカヒコ)と結婚しますが、この結婚は高天原側から見れば裏切り。天若日子は天から放たれた矢に撃たれ死んでしまいます。と ここまでは古事記に載る話ですが、山陰にはその先の~ 出雲を離れた下照比売命が 出雲を恋しく思いながら海沿いに東方へ移っていった~という伝説が残っています。
_という訳で 大阪で下照比売命を祀る神社を訪ねると なんだか 「女神様、こんな遠くまでお移りだったんですね?」 みたいな気持ちになるんですよー^^)
本殿東側には末社のお稲荷さんがありました。

白玉稲荷さん、ですって。

↓お稲荷さんの前から見た 神殿部分。

神殿入口は外からはあらわにならないよう 高い塀と壁で守られていました。 (屋根の千木が縦に切られています。これは出雲では「男神の社」を意味しますが、ここは難波。建築上のお約束も違うのでしょう。 又ここは元々は牛頭天王を祀る社だったそうですから その名残かもしれませんね?)
退出してー
府道26号線側の鳥居を見たところ。

この 東側の鳥居から南へ歩くと~
胞衣(エナ)塚、なるものがありました。

これは 一体??? / つづくー