西院の春日神社 | (又)おだわらぐらし はじめました

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「新しい日常」を綴って参ります

今日は西院(サイイン)の春日神社へ行ってみました。

↓阪急「西院」駅を出て 四条春日の交差点で四条通を北へ渡ると

↓程なく神社の鳥居が見えてきました。

↓春日神社は藤原氏の氏神様ですが、この地へは 淳和天皇が退位後に住まわれた 淳和院(別名 西院) の鎮護社として勧請された との事。(淳和天皇の生母が藤原旅子である事が影響しているのでしょうか?)

西院の春日神社は 京都では「厄除け」の神様として信仰を集めている・・・そうな。


鳥居を潜ります。

↓社務所。

↓手を清めます。

↓境内の真ん中に建つのは舞殿(マイドノ)。


↓振り返ると 社務所横に藤が見えました。(本当は春、藤花祭の頃に伺いたかった・・・)

↓境内を西へ進みます。/この建屋は奥の壁に松が描かれているから 能舞台ですね?


↓能舞台の北に 摂社「還来(モドロキ)神社」があります。御祭神は、淳和天皇皇后正子内親王と 淳和天皇の御母藤原旅子 そして正子内親王御母橘嘉智子。(874年に淳和院は火災に見舞われましたが 住まっていた人達は皆無事で 数日後には戻って来られたそうです。この故事から正子内親王に無事の帰還にお力添えを下さいと祈るようになったのでしょうね。  戦争中は出征兵士の帰還を願い 沢山の人がこの社にお参りした、と聞きます。)

↓社の柱には 天皇皇后両陛下が捧げられた玉串が掛けられていました。/その下には願掛けに奉納されたわらじが。

(わらじの初穂料は3000円ですと)


還来神社のそばには 絵馬掛けがありました。

↓絵馬には「春日様」が描かれています。(「雑面(ゾウメン)」というそうですが、インパクトのある絵馬ですね?)


更にその奥の社。弁財天が祀られていました。(ひさしの「むくり」が古風な感じ)

(↑萩が見頃~)

本殿に伺いましょう。

春日神社らしい 華やかな社殿です。

↓正面には百度石が置かれていました。

(社殿内は撮影禁止でしたので 絵はありませんが、塗りの盾などが置かれ 古い時代からの伝統が息づく神社なのだと 強く感じる事ができました。)
↓これは拝殿に置かれていた「疱瘡石」の説明書。

淳和天皇の皇女が疱瘡にかかられた折、春日の神様は病を社殿前の石に移し 皇女を救われたそうです。その石が「疱瘡石」。疱瘡石はそれ以来、病気平癒と厄除けの霊石として崇められている、んですね?

帰りは神社の西側から退出しました。

(↑右手に見えているのは末社、猿田彦社・天満宮・太元宮・金比羅宮)
↓参道の右は市立西院小学校の運動場。テニスボールが弾む音が聞こえていました。

↓通り(佐井西(サイニシ)通)へ出て 改めて春日神社の方を振り返ったところ。/ありがとうございました。


この後は 春日神社の御旅所、野々宮神社へ行ってみました。(つづく / でも その前に?)