高台寺道(=ねねの道)を行きます。

観光案内所前 / 紅葉は見頃 ですと。

台所坂は帰りに通る事にして 駐車場経由でお寺へ。

庫裡が見えてきました。

面白いですね、大屋根は「反り」で 入口上のひさしは「むくり」。

庫裡の左手に潜り門が。

その先にチケットブースがありました。

道なりに行くと_

木立の向こうに 大雲院の祇園閣がすっくりと立っていました。

尚も行くと_

面白い茶室がありました。/遺芳庵_灰屋紹益が妻の二代目吉野太夫を偲んで造った物、だそうです。

方丈が見えてきました。(北面)

- - - 書院から入館します (絵 無し) - - -
方丈の南の枯山水。(正面は勅使門です)

↓これに 海底に河豚が作るというミステリーサークルを思い出したのは私一人ではありますまいー。

↓方丈の南に掛かる額。

方丈から開山堂を見たところ。手前の橋の中程の 檜皮葺の屋根が載る部分は、重文「観月台」。

開山堂の東の高台には霊屋(オタマヤ)の屋根がちらと覗いています。(後で行ってみます)

堰月池(エンゲツチ)の南の潜り戸の先のー

中門。

額に「重関」の文字。(重関門と呼ばれるそうです)

改めて_ 開山堂、です。第一世の住職:三江紹益禅師が祀られています。(正確には 三江紹益禅師はこの寺が臨済宗に宗旨を変えてからの開山者。このお寺は元々は曹洞宗だったそうなー) / 天井に ねねの使った御所車の天井、秀吉が使った御船の天井が使われてて なかなかに見事でした。

開山堂からは、東の霊屋(オタマヤ)に瓦屋根つきの廊下が伸びていました。
形状が龍に似ているからでしょうね、廊下には「臥龍(ガリョウ)」という名がついていました。

廊下(というか この部分は橋)の下の池の名も「臥龍池(ガリョウチ)」ですって。

では臥龍池をくるりとまわってー



霊屋へ向かいましょう。

霊屋拝観は「一方通行」になってました。見えてる正面の潜り門が「出口」なんですよー。

案内の矢印に従って行くとー

臥龍廊の「上」に出ました。

おー結構な勾配だー。

臥龍楼の 最後の数段を上ります。

霊屋の脇に出ました。

霊屋の これが正面。


華やかな建屋です。ここがねねの墓所。中にはねねと秀吉の木像が安置されていました。(ねねは自身の坐像前の土中に埋葬されている といいます)
↓これは霊屋前の潜り門の檜皮葺の屋根。土台になる裏板の並べ方もよくわかって ちょっと面白かったので退出時に振り向いてパチリ。

開山堂の方を向いてます。が 全ては木立の向こう。

・・・陽にすける紅葉は 美しいなあー。(奥の塔は法観寺の五重塔/通称「八坂の塔」です)

更に山を上ってみます。

あら、不思議な建屋があります、何だろう?(←お恥ずかしい事ですが 何の予備知識も無く 周囲の人の後をついて歩いてますー)

重文 傘亭 / 利休好みの茶室。 伏見城から移されたと伝わる物、だそうです。(伏見城は利休の死後造られているので オリジナルは他の場所にあったのかもー)

なんだか ものすごく「野趣あふれる」造りですね。

風通しよさそう・・・。




さて、傘亭の南には 廊下があり_
二階建ての別建屋_ 同じく伏見城から移されたと伝わる 重文の「時雨亭」に繋がっていました。(二つは 元々は別々に建てられていた物で、廊下はここに移築されてからつけられたそうです)

こっちも「ワイルドだろ?」な感じですねー。

んー ここで点てられたお茶はどんな味がするのでしょうー?

では 山を下りて参りましょう。

なんだか ものすごい「山歩き」をしているみたいですがー はい、ここは円山公園の ほんのちょい南 なんですよねー。



途中チラと見える 駐車場の東の(ごく最近できた)観音さん。お顔がほんのり入陽色で美しかった。

帰りは台所坂を歩きました。


(着物を着ているのは大抵外国からの観光客ですが うまく着こなしているし(ちゃんと草履履いてて) 似合ってるし 街が更に美しくなる気がするし 「いいな~」と思いますねー^^)
_それにしても

秋の京都の別世界感は 素晴らしいなあ~。。。