伊丹市口酒井(クチサカイ)の春日神社 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

口酒井の春日神社へ行ってみました。まずイオン伊丹店に車を置き、

猪名川(イナガワ)に架かる斜張橋:「神津大橋(カミツオオハシ)」を渡り、左岸へ。

(↑橋から 川下側を見たところ。/猪名川はここで中洲を挟んで東西に分かれます。右は藻川と名前を変えますが6k程先で 又合流します。)
堤の上の道を歩きます。

(↓振り返って神津大橋を見たところ)

(↓猪名川越に中洲を見てます)

おや 中洲のサキっちょで釣をする人が。何が釣れるのでしょうね?


おっと、左岸の様子を見るのを怠ってました。
気付けばもう 目指す春日神社の参道前です。

堤から下ります。


道を渡って左に春日神社入口が見えますが、

まず 手前の 塚の上の小さな祠に挨拶。

ここ、前を車で通りながら 「何の祠だろう?」と思ってきたんですよー。

よく 見えないのですが 祀られているのはお地蔵様かなー?

(明治に入って神社から「分けられた」仏様かもしれませんね? 図書館の郷土史のコーナーに行けばわかるのかなー?)
*追記*『伊丹のお地蔵さん (伊丹市博物館友の会)』という本によると「16世紀ごろ猪名川河川の氾濫で流れてきた石仏を拾い祀ったとか」/ と 伊丹市のブロガーJirouさんの「私のデジカメ日記」で読ませて頂きました。http://www.jirou.jp.net/jizou.html / 又このお地蔵様は字名をとって「樋ノ下地蔵」と呼ばれるそうです。

もうちょっと寄り道_
祠の少し下流側にある 信号機。

逆光でうまく撮れてませんが_
三叉路なのに、道が無い 土手側に向かってシグナルを送る信号機があるんですよー。昔はここ 四つ角だったのかしら? / トマソンっぽくて面白いんだけど 「節電しませんか?」とも思いますねー。

さ、改めて_
春日神社に伺います。

正面に鳥居が見えますが、

手前の石碑を見てみましょう。

へー ここ「口酒井」は 元は「酒井」と言い 藻川と猪名川に挟まれた中洲にあった村でしたが、天正8年に(おそらくは洪水のため) 対岸に村を移した_んですか。(+ この時 春日神社も村と一緒に移ったそうです) そして 猪名川沿いにすでに酒井という地名があったので 明治に入ってこの村は「河口付近の~」の意味で 上に「口」をつけて「くちさかい」となった。。。 
↓鳥居手前の「口酒井会館」。(町の集会所ですね?)


↓春日神社の鳥居。

(↑鳥居横に、んー 軽一台ならなんとか停められるかもしれないがどうだろう?な感じのスペ―ス、あり)
↓鳥居の注連縄は「W型」。額には「春日神社」の文字。/御神燈にも縄が掛けられていますね?(私には珍しく思えたのですが この辺りの風習でしょうか?)

↓その先の対の石柱にも「W型」に縄が渡されていました。

↓右手に手水舎がありましたが 蛇口からハンドルが外されてましたー(残念)。

(↑手水舎の注連縄も「W型」)

改めまして_春日神社です。主祭神は天児屋根命(アメノコヤネノミコト)。

(↑拝殿は 寄棟破風の手前の軒に唐破風がついてて立派な造り)
お賽銭箱の神紋は下り藤。(春日神社ですからね)

格子から拝殿内部を覗かせて頂きましたが 神殿部分は見えませんでした。

何でもこちらの神殿は 県の指定文化財だそうですよ?

案内板によると、 寛永18年に 当時の名人:松原三右衛門が建てた「一間社(イッケンシャ)春日造り」で杮(コケラ)葺きに彩色・丹塗りのものとか。

つまり今建つ建屋は その「覆い」?

せめて写真なりとも見せて頂きたいものー。
*追記* 伊丹市のHPに写真がありましたー ↓ こちら
http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/EDSHOGAI/EDSYAKAI/SINAI_BUNKAZAI/KEN_SITEI/1386850562051.html


<おまけ>
拝殿前の狛犬さん。どこかひょうげたお顔^^


さて、帰りは本殿裏の小路を通りましょう。

どこへ出るのかな?と思ったら_

あら、「神津大橋」のバス停裏の公園です。

へー こんな所へねー。

も一度「神津大橋」を渡ってー

イオンへ。

この後は どっさり買い物しましたよ。(駐車料金をタダにしようと思ってね^^;)

にしても
そうかー 口酒井の春日神社は 中洲の「古酒井」からお移ししたものだったんですね。
今も地図を見ると 中洲には春日神社が建っているようなのですがー
すると 中洲の春日神社は 旧社地に もう一度建てたもの、なのでしょうか?

今度は 中洲の春日神社に行ってみようと思いますっ。