
えー? あらー・・・ 工事中ですかー (木屋町二条に続き ついてなーい^^;)

↑脇に「史跡 旧(の旧字体)二条離宮」と記した石柱がありました。戦前は離宮だったんですか? (Wikiによると_管轄が宮内省に移った時点で「離宮」という名称に、昭和14年に市に下賜されてからは「元離宮二条城」となったようです。石柱の文字はいつ彫られたのだろう?)
ここからは入場できないみたいー。 チケットブースには 北の門へ回るようにという案内書きが貼られていました。

で、北の大手門へ行くと
「仮設入城口」という看板がありました。

門の先で600円納めてー

微妙なところから二の丸御殿へー。

二の丸御殿入口。

(内部は撮影不可 / 意外にも英語の案内が充実していました。鴬張りのところでは「不審者の侵入に気づきやすくするため」と書かれていて 無知な私は「そうだったのかー」と思いました。日本語でもそうと教えてくれればいいのにー と思いましたが ・・・日本人は知ってて当然なので省いたんですかね?)
御殿内を見学した後は 本丸の方へ行ってみました。
二条城へ来るのは三度目ですが、実は いつも二の丸内だけ見て帰っていたんですよー。この先には一体 何があるのかな?

おー 意外にも 荒々しい庭です。奥行もあって どこか違う星の風景のよう・・・(小堀遠州作「八陣の庭」)

庭の西に掘を巡らせた一角がありました。この中に 本丸 があったんですね?

んー?鉄砲狭間さえもたない のっぺりとした不思議な「顔」を持つ 重厚な門。(重文。江戸初期に造られた物だそうです)

普通は ここに門を作りそうなものだが・・・

宮内省管轄の時代 建屋や庭にたびたび変更が施されたそうです、 元々はどんな造りだったのかな?

さて、今はここに木造二階建ての建屋「本丸御殿」が置かれていますがー

これは元々 京都御苑内にあった桂宮家の屋敷を移築したもの、だそうです。(和宮様が将軍家に嫁がれる前の1年八か月を過ごされた建屋でもある、とか)



天守閣跡にも行ってみます。

天守台は思ったより小ぶり_ 建っていたのは城壁の隅櫓の大きいの、 位な感じ? (江戸時代に書かれた絵は残っていて、それを見るとなかなか立派そうですが)

天守台から見た 本丸御殿。

寒いと思ったら わー雪だー。(わかりにくい絵ですが 正面、大文字です)

西側の堀。

小橋を渡って 外堀と内堀の間を行くと、「重要文化財 埋門(ウズミモン)」という物がありました。近寄れないのでよくはわかりませんが・・・ 普段は土をかけて見えなくしてあるけど 緊急時には土をどけて脱出できる場所 なのでしょうか?

↓因みに 埋門の向こうは外濠。橋はありません。(大事の時には 木材を渡して橋が架けられる とかかしら???)

(↑埋門は この図では「上」_西側にあります。「西門」とも呼ばれます)
二条城は単なる迎賓館ではなく 戦 を想定して建てられていたんですねー・・・
お城の北には茶室の和楽庵↓

香雲亭↓(←角倉了以の館から移したもの)があり、ブライダル等で貸出がされるようでした。

二条城はこの他 四季折々に咲く 花 でも有名。特に桜は見事と聞きます。/ 又改めて来てみたく思います。