「美山かやぶきの里」を歩いてみました。

↓由良川沿いの観光客用駐車場から集落を眺めたところ。ほとんどの家が昔ながらの茅葺屋根です。(すごい)

↓集落の南は田んぼが広がっています。 / まだ9月なのに稲はもう穂を重そうに垂れています。早稲の品種が撒かれているようですね?冬が早い地域なのでしょう。

(↑男前の案山子さん)
集落内に入ります。

趣ある家々・・・

「ギャラリー」や「民宿」を営んでいる家も数軒ありました。

家の周囲には 粟が植えられていました。花はキバナコスモス ヒャクニチソウが多かった。

又 小さな家の形をした物も そこここに置かれていましたが・・・ 近くに寄ってよくみるとそれは「放水銃」(のカバー)でした。(2000年に不審火で資料館が焼失するという事件があり、各戸に放水銃が設置されたそうです。年二回の設備点検のための「一斉放水」は 今では村の風物詩となっており、観光客にも人気 なんだとか)

「美山 一斉放水」で画像検索すると→こんな 迫力ある画像が沢山ヒットします~っ
資料館へ行ってみましょう。

2000年の焼失から二年後に再建された資料館_

母屋・蔵・納屋が公開されています。

(↑屋根の千木(=X状の木組。「馬のり」とも呼ばれるそう)の上に「雪割り」又は「烏どまり」と呼ばれる長い竿を載せるのがここの特徴とか)
調度品 展示品は 改めて周辺の家から集められたそうです。

(休憩できるように お茶が用意されていました / 生活感も出てイイカンジですね?)

↓縁側から見た庭と 軒の裏。

↓縁側の先にはお風呂がありました。

↓竹のスノコの上に風呂桶が載っています。(桶の底には「栓」があって、これを抜くと水が下へ落ちるようになってました。が、風呂水はどうやって張ったのかな? 尋ねてみればよかった)

屋根裏へも上がれるようになってました。

一階で焚いた火の煙は天井に張ったヨシズを抜けて屋根へ上がります。この煙の通り道に置かれた粟や稗は 燻されて長持ちしたそうです。

この他 蔵では浄瑠璃の衣装(裃)や見台などを見ました。村の文化度の高さに感心させられました。
__ とこんなのが(ザ っと歩いた)「かやぶきの里」でした。

(↑お地蔵さんの前を通る道は 高浜と京都を結ぶ「西の鯖街道」。美山は街道の「中継地点」だったそうです。)
<おまけ> 美山のマンホールの蓋

「鮎だ!」でした。真ん中のマークは美山の「み」でしょうか? 「動き」があってなかなか素敵なデザインですね?
<おまけ2> 茅場(カヤバ)

集落のはずれには 数か所こうした「茅場」がありました。これだけの数の茅葺屋根の家があったら 葺き替えるための茅も相当量必要、という訳ですね。/ 因みに村には茅葺職人さんが数人いるそうです。若い方で40代と聞きました。 (次代の育成も必要・・・でしょうね?)