白川に沿って東へ歩きました。

↓新橋を渡って振り返ったところ。(川向うの甘味 「小森」さんも いつか伺いたいと思っているお店 / 手前は「火除地蔵」さん)

↓あ、舞妓さんだ。(お仕事に行かれるのかしら)

↓「知恩院前」の交差点を渡ると石橋がありました。

↓橋を渡ります。下を流れるのは(又)白川。

↓これは「古門」。(という訳で?手前の石橋は「古門前橋」です)

(1603 つまり開闢の年に家康が徳川家の菩提寺を知恩院としました。ので、知恩院ではあちこちに葵紋が見られます)
↓門の奥の道は「華頂通」。幅広の道の左右には知恩院の塔頭の他 華頂大学のキャンパス棟・中高校舎があります。 今は道路交通標識があるから公道ですが・・・きっと元はここも知恩院の境内地だったのでしょうね?

↓華頂通の突当り正面門_黒門です。 右へ行けば知恩院三門がありますが、今日は左へ。青蓮院門跡(ショウレンインモンゼキ)を訪ねましょう。

(手前の囲いは「瓜生石」_ この下には二条城への抜け道がある~ なんて伝説があるそうですよ? / 家康が知恩院を菩提寺にしたのはいざという時にはここを「城」として使うつもりだったからでは?といわれています。 秀吉も信長もこの知恩院には多額の寄付をしていますが、もしかして彼らもこの寺に「要塞」としての魅力を感じていたかも???)
さて、黒門前のT字路を左(北)へ行くと薬医門があります。(左の青蓮院の壁とつながっているから 青蓮院の物でしょうか?/もっと近づいて立札読めばよかったー)

その先にある・・・(因みにこの道は平安神宮へ通じるので「神宮道」と呼ばれています)

大きな門。四脚門というそうですが_これが青蓮院の正門です。が今はここは使われていないようです。

更にその先(北)の大楠のある角を曲がって、、、

あの薬医門から入りましょう。

(つづく)
<白状すると>
この道は昔よく通ったものですが、 若かった私は「門跡(モンゼキ)」が 貴族・皇族が住職を務める寺院をさす言葉だと知らず 「へ~ 昔ここに青蓮院門 という門があったのか~」と思って通り過ぎてました。。。