雪も上がったようです。
改めて天神さんへ行ってみましょう。

社家長屋町とつながる 東の門を潜ります。

門脇には菅原道真のあの有名な歌「東風ふかば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」が架かっていました。(あらー「春な忘れそ」じゃないんだー。道真さんのオリジナルは「春を忘るな」だったんですねー 勉強になりました)

塀の軒瓦の梅紋と 梅の留蓋。梅づくし^^)
(この後も 色んな所で「梅」を見ることになります~)

境内_ あちこちに梅が咲いています。

(↑拝殿・神殿を横から見たところですが 屋根の連なりが複雑で面白いですね)
手水舎。

大概の神社では「龍」の口から出る水が ここでは牛から。

手水舎の東にあった末社、「竈社(カマドシャ)」。台所の守り神だそうです。
鳥居は明智光秀が寄進した物と伝わっています。

脇門から入って天神さんへお参りするのは気がひけるので 社殿の裏を 摂社 末社にあいさつしながら歩くことに。(受験生は必ず正面からお参り下さいね?天神さんに裏や横から詣でるのは縁起が悪いそうだから)

天神さんだから当然とも思われますが 境内、梅が多いですねー。(そういえば花の季節にここへ来るのは初めてです)

この朱の社は「地主社」。ここが天満宮になる以前からいらっしゃる古い古い神様が祀られているそうです。

その隣の「老松社」。道真の漢詩の先生で 夫人の父とも言われる島田忠臣を祀っています。(でも神様としては「老松伝説」から林業の神様となっている らしい・・・)

本殿の西側に・・・

あら、手向山の楓 だって↓ (百人一首の道真の歌_「このたびはヌサもとりあえず手向山 紅葉の錦神のまにまに」の手向山ですね)

(飛梅、があるんだもん飛楓も?と思ったら、こちらはもっと現実的で、1716年2月に奈良の手向山から運び植樹された木だ ということ。すると300年近く前の物?すごい)
↓これは楓の向かいあたり_ 本殿横の蛙股型の小板壁の飾り。梅です~♪

その先から拝殿に向かう事もできましたが_

梅苑を見ていくことにしましょう。

↓へー「史跡 御土居(オドイ)」_。(不勉強で全く知りませんでしたが 秀吉が作らせた 京を囲む土塁 なんですねー?)

壮大な環濠のような物らしい。結構落差がありますねー。谷には楓が植えられているもよう。今は冬枯れてちょっと寒々しい・・・。

今回は直接梅苑へ。

あら、「切りヌサ」が撒かれていますよ。(それともただの紙ふぶきかな? さっき手向山の楓を見たからでしょう ヌサに見えてしまう)

わ 又雪が降ってきた。とりあえず茶店で雪宿りさせてもらおう。

入苑チケットを見せると ここでお茶とお菓子が頂けるのです


(↑お茶は梅の粉茶。お菓子は麩焼煎餅「官公梅」。天神さんの神紋入りで紅白_めでたげ)
↓雪・・・ なかなかやみません。

(近くの人が「売店に傘売ってたらよかったのにー」と言ってました。どうやら置いてないもよう^^;)

20分経過ー。どうやらやんでくれました。

やっとカメラが向けられる~。(とみんな思ったハズ)

濡れてみずみずしさUP、

陽がさしてきて色みもUP。

さ 改めて本殿を目指しましょう。
楼門を潜り~

(楼門の先 宝物殿前の梅もなかなか)

左手の絵馬所の方へ寄ってから

改めて北に向き直して、
重文の三光門を潜って_

(↓三光門手前の撫で牛_ 暗くてなにがなんだか ですが 一応貼ります^^;)

国宝の拝殿前へ。

参拝の列に並びつつ 美しい唐破風を見上げ 鑑賞。

↓鈴の後ろの鏡に自分を映して祈る のが正しい参拝の仕方らしい・・・。

↓皆さん丁寧にお参りされてましたよー。

さ、戻って参ろう。

おっと いけない いけない_

秀吉の北野大茶会の折に使われたという井戸も見なくちゃ。(この茶会の事はコミック『へうげもの』で読んで知ったnumabeです^^;)

(へー駐車場の中にあったのかー)
帰りは 京福電鉄で嵐山へ出て 渡月橋を渡って 阪急嵐山から帰ろうかな~
と思ってましたが 時間がなかったので (いつの間にかアラな時間になってまして)

(↑今出川通の真ん中にある京福・北野白梅町駅は塗装工事中でした)
来た時と同じ_ バスで西大路四条へ出て、阪急の西院駅から大阪へ帰りました。

おしまい。