三井住友FG太郎氏が、朝ドラのエールの感想をうp。

http://blog.livedoor.jp/mushoku2006/archives/51271851.html

 

 

それに対して、そのお粗末な空念仏平和神理教ぶりをどこぞでボロクソに批判されたのでしょう。

反論の第二弾の記事。

ゆかぴょんも批評しましたが、どうやら読んでないみたいですねw)

 

http://blog.livedoor.jp/mushoku2006/archives/51271889.html

 

 

過去にこのブログにコメントされたことがあるので、そのうち見るかも知れないな…ということでゆかぴょんも感想を書いておきます。

 

繰り返しになりますが、都の西北大学法学部卒でかつてマスコミ志望・法曹界志望だった50歳児はこの程度の教養・見識・歴史観なのか、と呆れてしまいます。

 

以前に、自身の就活経験を引き合いに出して「みんな大手マスコミを何社も受けて、受かったらそこに行くわけですし、見る限りみんなノンポリでしたよ」と語られたことがありましたが、(ノンポリじゃなくて、ただのノータリンだったのでは?)という感じ。

 

安全保障を語る時に、何でいきなり「軍事力増強、OK、じゃあ、リソースは?」となるんですかね?

軍事(安全保障)を語るなら、世界観・歴史観>政治(外交・経済)>軍事(安全保障)>戦略>作戦>戦術>技術の優先順位は当然知っておくべきです。

 
まず、世界観・歴史観が1世紀ぐらい遅れてます
「戦争とは戦場で軍人がドンパチするもの」、それは第一次世界大戦の国家総力戦で過去のものとなりました。
資金・資源・労働力、血の最後の一滴まで搾り取って、レイズ・レイズ・レイズ!
賭け金が積み上がりすぎて、打ちてし止まん、立直は競ってこそ華、負けて落ちれば泥!
戦争と国民生活が直結することになったのです。
負けた側は、負担を負わされて塗炭の苦しみに喘ぐだけでなく、国体・体制すら変革を余儀なくされました。
(ロシア、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、オスマン帝国の崩壊)
第二次世界大戦では市街地への無差別爆撃が当たり前になり、戦場と銃後の区別が益々なくなっていきます。
 
余談ですが、この国家総力戦について、戦前・戦後の日本人が誤解していることがあるように思います。
それは、「国家総力戦は負けてから(or勝ってから)が本番なのだ」ということ。
 
蒋介石の中華民国も、ド・ゴールのおフランスも「我が国は負けてない」と言い張り続け、戦勝国となりました。
中国奥地や海外亡命政権という後背地があってのことですが、「勝つまでやる、勝ち馬に乗って、(自力でなくとも)最後に勝てば良かろうなのだ」で事実そうなったのですから、それは賞賛に値します。
大日本帝国には後背地がないので、それは無理だったと思いますけどね。
 
国家総力戦は負けてからが本番」という認識が欠如していたため、戦後日本はいくつもの歪みが残っています。
(これは後知恵であって、当時を必死に生きて抜いていた日本人を貶めるつもりも、自分ならもっと賢く上手く出来ていたと主張するつもりもありません)
 
天に二日(にじつ)なく、一国に二王なし。
一つの大洋に二つの海軍国なし。
地上に覇権国はただ一つ。
と言わんばかりに、米国は日本を「戦争の出来ない国」に改造していきます。
(興味のある人はWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)でググって下さい)
 
ゆかぴょんが「日本国憲法、法曹界」、「マスゴミ」を度々批判している理由もここにあります。
日本が「軍備がない、戦争の出来ない国」になるということは、諸外国に「いつでもイジメ、侵略OKです」と宣言するのと同義です。
占領下に押し付けられ、日米安保条約が前提の9条、異常に高い改憲ハードル、そんな憲法が「GHQが主導して作られた憲法だろうと、
良いものであれば、喜んで使えばいい
」ですか?
日本の法学部は「日本国憲法は正しい」として精神的に去勢されないと卒業できませんから、そうなるのも致し方ないのかもしれませんね。
戦後75年、法曹界の住民は横田喜三郎のような卑怯者の孫弟子、ひ孫弟子で占められてますからなw
 
自分の身は自分で護る
これは古今東西、宇宙開闢からその終わりまで変わることのない真実でしょうw
我らの安全と生存をあげて、平和を愛する世界の諸国民の公正と信義に委ねようと決意した」なんて、そんなバカな話しはありませんよ。
だったら、米国が真っ先に実践してくださいという話しです。
 
三井住友FG太郎氏は「自分は改憲論者です」と主張しますが、日本国憲法の背景を理解してるんですかね?
事ある毎に「軍靴の響きが…、戦前に回帰してるのでは…」と抜かす、精神科と耳鼻咽喉科のどちらを勧めたらいいのか判断に迷う朝日新聞を「さすが朝日、サス朝!」とヨイショ、ヨイショ。
 
慰安婦報道の過ちを認めた朝日は偉い、過ちては改むるに憚ること勿れ、朝日新聞を批判する貴方はそんなに立派な完璧な存在なのですか

http://blog.livedoor.jp/mushoku2006/archives/51162274.html

 

 

…アホなのかな?

1982年の報道から様々な批判を受け、(もう嘘がバレるから撤退しとかないとマズい、当時の関係者もいなくなったことだし、福島原発の吉田調書と慰安婦証言の吉田清春、朝日と吉田でごっちゃになって丁度いい、このタイミングで…)とようやく2014年の検証記事を出して「吉田証言は嘘だったかもしれませんね~、ちっ、うっせーな、反省してまーす」。

さらには、英語版では検証記事は出さない、グーグル検索では検索できないようにしておく。

こんな新聞社のどこに真摯さがあるんですかね。

 

何故この問題に触れるかと言うと、これもWGIPの一環だから。

「日本=ナチス=悪」だから、日本には何をしても許される』という特定アジアの歴史戦なのです。

中国の年々増えていく日中戦争の死者も「日本人は中国人をXXXX万人殺した、だから、中国は日本人をXXXX万人殺す権利がある」という論理です。

 

「慰安婦の6割は日本人、数年働けば故郷に家が建つほどの高給取り、戦後GHQの調査で慰安婦は売春婦だったと結論付け」

常識的に考えたら、強制連行はなかったし、当時の連合国含む世界の軍隊と比較して特に批判されるべきものではなかった。

そう主張するのと、朝日新聞の如く「支鮮韓露様のおっしゃる通り、日本国・日本人=悪でございます」と迎合するのと、どちらが日本国・日本人の安全・繁栄に繋がるのか、自明のことだと思いますけどね。

 

(優秀な移民だけチェリーピッキング出来るわけないやろ。そもそも、経団連は優秀な移民じゃなくて、安価な移民入れて教育とか治安とかのコスト考えてないやろ。入れたはいいが「帰って下さい」と言っても移民・難民は帰らんぞ)
 
(批判すべきは「エネルギーと食料の自給を縦割り行政にするな」ということでしょうが。それから、0と1は時に1と100より違うという常識を持つべき。米国・フランスのような食料自給率100%超の国でも農業は生産額より多い補助金を投入されている事実が何を意味するのか考えるべき)
 
中国を国際サプライチェーンから切り離すなんてムーリw、品質・価格・納期で代替できるトコなんてないもんねw
(「そう思っていた時期がオレにもありました」と米国は切り離しを開始、欧州も徐々に追随)
 
「今だけ、金だけ、自分だけ」が良ければそれでいい、足らぬ足らぬは努力が足りぬ、全ては自己責任、新自由主義万歳』と主張してきたmushoku2006氏がNHKの朝ドラを見て「戦争は悲惨、戦争は絶対に避けなくてはいけない」ですか。
 
なんちゅう薄っぺらさだよ…、小学生の感想文か!)とゆかぴょんは呆れてしまいます。
 
「安全圏から威勢のいいことを叫んでる卑怯者」というのが誰のことなのか、どういう主張かわかりませんが、ゆかぴょんに言わせるとmushoku2006氏は「戦争は悲惨だ」と正論をブッて有象無象の盆暗から「いいね!」を集めてセブンイレブンいい気分になりたいだけの50歳児としか思えませんな。
 
テニスと国家安全保障には一発逆転ホームランはありません。
不断(普段)の地道な努力あるのみです。
 
「軍備がどうの、リソースがどうの」と語る前に、まずはまっとうな世界観・歴史観・一般常識を身につけることから始めなさい)と思うゆかぴょんなのであった。ちゃんちゃん。