名古屋の観光名所「岡本太郎と浅野祥雲と名古屋城」をやっと見たベネ@名古屋日誌 | 名古屋に住むドイツ生まれのぬいぐるみの活動日誌

名古屋に住むドイツ生まれのぬいぐるみの活動日誌

ドイツ、ケーセン社のぬいぐるみと名古屋に住んでいます。主にドイツに住むベネの両親が心配しないように日誌を書いているという設定です。内容はドイツ、鉄道成分多めです。

ドイツ生まれのペンギンのぬいぐるみ、ベネです。名古屋に転勤して10ヶ月。先週のぼくは、名古屋で一番有名な観光地の名古屋城に行ったり、岡本太郎の作った鐘と浅野祥雲が作った観音像がある久国寺に行ったりしました。そんなベネの一週間を振り返ります。

 

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ベネが名古屋に来てから10ヶ月。「名古屋港水族館」「東山動植物園」「名古屋タワー、オアシス21」「大須観音」「瀬戸市」など、名古屋の観光名所を紹介してきましたが、「なにか大事なものが抜けているような気がするなぁ」と小首をかしげて考えるふりをしていたら、「あぁ、名古屋城に行ってないや」と気づいたので、名古屋人の心の拠り所、名古屋城に行ってみました。

 

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名古屋には他の地域では見られない変わった建物があります。いくつか行きたいと思っているところがあるのですが、先週はベネの中で「空海と最澄」がブームになっていたので、空海も最澄も関係ない曹洞宗のお寺、久国寺に行くことにしました。ここには、岡本太郎作の梵鐘と浅野祥雲が作った観音像、変人✕変人の共演が見られる名古屋の裏名所として人気があるそうです。行く前から期待マックスです。

 

 

 

まず、久国寺は、名鉄瀬戸線の清水駅の近くにあります。いつもどおり、ベネは栄で各駅停車の名鉄瀬戸線に乗り、2駅目で降ります。駅を降りると高架下に素敵なお店が並んでいます。



春は桜並木が美しいそうです。その道を線路沿いにまっすぐ歩いて、商店街が途切れたかなと思ったところで北上すると久国寺に着きます。お寺には、駐車場もあります。

 


この久国寺は、1662年に名古屋城の鬼門方向であるこの場所に移設したそうです。平日の午前中なので、お寺の境内は静かでした。ベネは、門を入ってすぐ右にある鐘を見て、びっくり。このとげとげが生えちゃった鐘はなに!ということで、すぐに岡本太郎のつくった「梵鐘 歓喜」は見つかります。

 


この鐘は1965年に完成。ベネが感じた“とげとげ”は「人間の手」を表し、その下の模様は、「神羅万象」を表しているそうです。この鐘が1965年に作られたということは、1970年の大阪万博の「太陽の塔」の5年前に作られたということです。大阪の前に名古屋でも芸術を爆発させていたことがわかったのでした。

 

その後、本堂に向かおうと思っていたら、左の方から視線を感じたので、振り返ると観音像がベネを見ていました。あぁ、これはあの有名な浅野祥雲が作った観音像。一度見たら忘れられない強烈さを放つ、日本の彫刻界のルソー(ベネ命名)、浅野祥雲師の作品ではありませんか。ベネは、ちょっと驚いて、よろけましたが、すぐにiPhoneを取り出して、写真に収めるのでした。

 


この観音像は、見る角度によって表情や雰囲気が変わるのでじっくり見ることをおすすめします。



ただ、リアルさ、稚拙さ、ユーモラスさ(浅野祥雲マニアの第一人者、大竹敏之氏談)を兼ね備えた観音像なので、夢に出てくる可能性がありますので、眺めすぎにも注意です。



じっくり見た方が良いのか、チラ見だけが良いのか、ナビゲーターのベネもわからなくなりました。先を急ぎます。

 

本堂には、自分で押す御朱印がありました。そういえば、尾張三十三観音霊場の一つになっていると聞いたので、お遍路さんも来るのかもしれません。ぜひ、近くでお遍路さんをしたい人はどうぞ。


本堂の真ん中の部分がベネの顔に見えてきたので吸収されるまでに退散しました。

 


曹洞宗 久国寺(きゅうこくじ)

〒462-0837 愛知県名古屋市北区大杉3丁目2−27

電話番号 052-981-1252


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このあと、日頃の運動不足の解消をかねて、名城公園まで歩いてみました。清水駅の近くで生ラムの食べれる「なまらむーちょ」というお店を見つけたり、名古屋のお金持ちエリア白壁の横を歩いたり(迷ったということ)、やっぱり、名古屋は坂だらけだなと思ったり、平林金吾デザインの重要文化財、名古屋市役所を見て感動したりしながら、疲れたなぁと思っていたら、金シャチ横丁に着きました。つまり、清水駅から市役所前までは歩けないわけではないけど、結構遠いということです。

 


ベネが着いた「市役所前」駅から名古屋城は見えません。もしかして間違った?と思ったのですが、あると書いてあるので、人の流れにまかせて歩いていきます。ここから一番近い城内への入り口は東門になります。

 


入場口で入場料金を支払い、スマホで聞ける音声ガイドを利用して歩いていきます。この音声ガイドは、AIなので、日本語がとても不自然です。ちなみにドイツ語はありません。パンフレットとガイド音声は、日本語、英語、中国語、韓国語のようです。

 

とても広い城内。でもここからも名古屋城はみえません。そして犬を連れた団体が!なんとここは犬連れOKです。そして、時々おもてなし武将という武将のコスプレをした人が歩いていました。この日の武将は「加藤清正公」といっていました。「イケメンの加藤清正公と写真撮影をしませんか?」と声をかけられましたが、ベネは知らない人(ベネはそもそも武将は三英傑しか知らない)だったので、丁寧にお断りして、スタスタと城内を歩いて行きました。ちなみに加藤清正公はこの人です。

 


※「清正公石曳きの像」

 

門を入ると名古屋城本丸御殿があり、かなり厳重な警備がされていることから、多分ここが知り合いの中学生が「何度行っても感動しますよ~」といっていた宝物殿なのではないかと思い、列に並びました。



本丸御殿は、尾張藩主の住まいや政庁として建てられた後、将軍専用の宿泊所として用いられた建物です。しかし、戦争で焼失したため、名古屋市が総工費約130億円をかけ、保存されていた戦前の資料を元に忠実に復元し、2018年に完成しました。

 

入場前に6人ぐらいずつ、ビデオで館内での注意事項を見てから、玄関に向かいます。そのあと、靴を脱ぎ、荷物を預け、前の人について館内を見学します。館内はフラッシュ無しなら撮影OKです。ペットの入場はできません。

 

ベネは、狩野派の絵師が描いたとする説がある「竹林豹虎図」の前でその迫力にあてられ、



書院造りの金ピカの部屋をのぞき、



欄間の彫刻の緻密さに気づき、アルハンブラ宮殿みたいだなと思いながら、「上洛殿」の絢爛豪華さにびっくりしました。ここまで絢爛豪華だと若干胃もたれします。襖絵や欄間などの豪華さは分かりやすいのですが、天井や釘隠しなどにも格式があるので、いろいろ見ていたら目が回ってきました。2箇所、昔の炊事場もあり、その部屋だけ、金ピカじゃないことにある意味ホッとしたり、今の家屋との違いを考えたりしながら、一周しました。

 



見ている人は「豪華で」「すばらしい彫刻だ」「葵の御紋が神々しい」「誇らしい」など仕込みのような感想を漏らしていました。立ち止まって係員にいろいろなこと聞く人も多くて、興味の高さに驚きます。


 


本丸御殿を見たあとは、やっと名古屋城(復興天守閣)を写真に収めます。2021年10月は工事中のため、城内に入れません。ベネが名古屋にいるうちに入れるといいのですが。最後にミュージアムショップに行って、ベネPにお土産を買おうと思って物色。ベネが気になったのは、武将関連のグッズと城の模型ですが、城の模型を見ていた名古屋キッズが「犬山城がほしい」というのを聞き、「君の見る目は確かだけど、ここに来てそれは言っちゃだめでしょ」と思ったのです。


 



武将関連のグッズは、ボールペンに武将の名前の書いてあるものと家紋のシールがあったのですが、ボールペンは、武将の名前が書いてあるだけなので、冷静に考えると「徳川家康くんの持ち物」となるわけで、ベネPのかどうかなんて他人にはわからないのです。また、ベネPが誰を押しているのかわからなかったので、断念。そのことをベネPに話したら、普通に「うーん、難しいなぁ。今度考えてみるよ」と言われました。最後にベネのオーナーとベネと二人で鯱を前に記念写真を撮ってもらいました。名古屋に住んで、やっと行った名古屋城。これで名実ともに名古屋人になった気になったベネでした。今度は、犬山城(2度目)と岐阜城に行く予定です。

 

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