伝えたい
でも...
自分の言葉で話せない
一端 自分の中で
言葉を押し殺す
素直に言えれば良いのに
自分の言葉じゃないから...
上辺だけの感情しか
伝えられない...
自分の言葉
その表現方法を否定されたら
言葉を頭で組み立てることになる
頭で組み立てた言葉
それには 何処となく
距離感を感じてしまう...
ねぇ
君 関西?
何で!?
分かったん?
めっちゃ
標準語使ってるのに
おいおい
『めっちゃ』自体が
標準語じゃないし
この子
関西弁を否定され
一生懸命
標準語で会話しようとしている
だから
言葉がぎこちない...
会話に 間が空いてしまう...
おそらく
本人も違和感を
持っているのだろう
どう否定されたのか?
それは
関西弁嫌いという個人の関西人へのイメージ
関西弁の子と付き合いたく無い
喧嘩した時 関西弁は怖いから
といったこと
そうなのかね~
私自身は 関西弁嫌いじゃない
っていうより 好き
っていうより 好物
その私からすると
関西弁を使わないというのは
何とも勿体ない
私にも
基本 嫌いな『なまり』
というモノはある
理屈ではなく
音的に抵抗感がある
しかし
その本人次第っていう感じだろう
単に言葉というと嫌いとか好きとかになるが
その人の声のトーンや言っている内容
表情など様々な要素がある
結局 本人の気持ち
次第だと想うのだが
っていうか
言葉だけで『付き合う』『付き合わない』とか
初対面で嫌いという言葉と思考の方が
言葉を何使うか?ということより
問題ではないだろうか?
私が 東京で暮らしていた時
仕事は 標準語
プライベートは 若干の関西なまり
と使い分けていた
標準語は
客観的な会話に適している
関西弁は
言いづらいことなどを
言い易さがある
人見知りの強い私が
標準語でコミュニケーションを
取るのは容易ではない
地元の言葉は
正直 あまり知らないし
東京の人に分かりづらい為
関西弁を選択したのだ
当然 関西で暮らしたことないし
関西の仲間もいないので
関西の人からするとデタラメだったろう
そんなある日
私を関西人と間違って
声をかけて来た子がいた
その子は 京都の子で
周りに関西人が居なく
何とか標準語話そうと必死で
なかなかコミュニケーションが取れなく
寂しい想いをしていたという
自分の言葉で言えることが
とてもリラックスできたと言っていた
その後 その子は
表情も優しくなったと周りから
言われるようになり
仲間も増えて
笑顔でいることが多くなった
あの子も
同じなのだろう
早く
関西弁使うも使わないも
自分の気持ちを自分の言葉で
言える日が来ると良いと願う
まっ 人はいい加減だから
あんまり 気にすること無いと想うけど
その子にとっては 重要なことなのだろう
染み付いた自分の言葉
直すのは容易ではない
一番大切は 心でしょ
心を伝えるのが 言葉
言葉に振り回されて 心無してはいけない
そう 願うのだが...
でも...
自分の言葉で話せない
一端 自分の中で
言葉を押し殺す
素直に言えれば良いのに
自分の言葉じゃないから...
上辺だけの感情しか
伝えられない...
自分の言葉
その表現方法を否定されたら
言葉を頭で組み立てることになる
頭で組み立てた言葉
それには 何処となく
距離感を感じてしまう...
ねぇ
君 関西?
何で!?
分かったん?
めっちゃ
標準語使ってるのに
おいおい
『めっちゃ』自体が
標準語じゃないし
この子
関西弁を否定され
一生懸命
標準語で会話しようとしている
だから
言葉がぎこちない...
会話に 間が空いてしまう...
おそらく
本人も違和感を
持っているのだろう
どう否定されたのか?
それは
関西弁嫌いという個人の関西人へのイメージ
関西弁の子と付き合いたく無い
喧嘩した時 関西弁は怖いから
といったこと
そうなのかね~
私自身は 関西弁嫌いじゃない
っていうより 好き
っていうより 好物
その私からすると
関西弁を使わないというのは
何とも勿体ない
私にも
基本 嫌いな『なまり』
というモノはある
理屈ではなく
音的に抵抗感がある
しかし
その本人次第っていう感じだろう
単に言葉というと嫌いとか好きとかになるが
その人の声のトーンや言っている内容
表情など様々な要素がある
結局 本人の気持ち
次第だと想うのだが
っていうか
言葉だけで『付き合う』『付き合わない』とか
初対面で嫌いという言葉と思考の方が
言葉を何使うか?ということより
問題ではないだろうか?
私が 東京で暮らしていた時
仕事は 標準語
プライベートは 若干の関西なまり
と使い分けていた
標準語は
客観的な会話に適している
関西弁は
言いづらいことなどを
言い易さがある
人見知りの強い私が
標準語でコミュニケーションを
取るのは容易ではない
地元の言葉は
正直 あまり知らないし
東京の人に分かりづらい為
関西弁を選択したのだ
当然 関西で暮らしたことないし
関西の仲間もいないので
関西の人からするとデタラメだったろう
そんなある日
私を関西人と間違って
声をかけて来た子がいた
その子は 京都の子で
周りに関西人が居なく
何とか標準語話そうと必死で
なかなかコミュニケーションが取れなく
寂しい想いをしていたという
自分の言葉で言えることが
とてもリラックスできたと言っていた
その後 その子は
表情も優しくなったと周りから
言われるようになり
仲間も増えて
笑顔でいることが多くなった
あの子も
同じなのだろう
早く
関西弁使うも使わないも
自分の気持ちを自分の言葉で
言える日が来ると良いと願う
まっ 人はいい加減だから
あんまり 気にすること無いと想うけど
その子にとっては 重要なことなのだろう
染み付いた自分の言葉
直すのは容易ではない
一番大切は 心でしょ
心を伝えるのが 言葉
言葉に振り回されて 心無してはいけない
そう 願うのだが...
