どうします?
いや~
私はどっちでも良いんですよ
別に
好きな方に
決めてくれれば
でも アレですよ
死ぬって選択もあるんですよ
いや
別に死んでくだいさい
って言ってる訳じゃないですよ
ただね
そういう選択も有りってことですよ
私は 良いんです
どっちでも
あなたの自由ですから
ただ お金無いんでねぇ~
できれば~
まぁ~
どっちでも良いんですけど
っと1枚の紙が問いかける
後期高齢者医療制度
確かに
自治体や家族構成によって
医療費が倍程に膨らむ
扶養とならず
あくまでも個人となる為であり
自治体の補助打ち切りもある
私の母親にも
この後期高齢者が届いた
あれ?
まだ75歳前なんだけど...
と思ったら
重度障害者は75歳前でも適用とか
任意加入だそうだが
確認も無しに送りつけるのは
全く持ってお役所仕事そのものだ
この制度
医療負担増ということを
TVで騒いでいるが
問題は それだけではない
この制度になると
まず 今の重度障害者が
選択することになる
それは 自分の延命である
まず 医師が患者の寿命を書き込む
あと 1週間とか 1年とか 不明とか
っで 次に本人が
延命処置は必要ですか?とか
輸血は必要ですか?とか
項目にチェックしてゆくのだ
全く持って
情無きことだろう
ようは
あなたは まだ生きたいですか?
そう聞いているのだ
通常 有る程度健康な人なら
然程そのことに問題を感じないかも知れない
重度と成っている本人には
とても
辛いケースがあることを知るべきだ
私の親を考えると
おそらく 延命はしない
そう選択するだろう
問題は 同じ選択でも
どういう気持ちで選択するかにある
体の調子が良ければ
そこまでして生きたく無い
そういう自分なりの生き方としての選択になる
しかし
問題は具合が悪い時である
もう 死にたいと思ってしまうこともある
家族の重荷を自覚してしまうこともある
ようは 自殺願望的選択になるのだ
本心は 生きたくても
現状に我慢出来なくなり
とにかく 死にたい
という気持ちになる危険性である
患者に接する場合
一番大切なのは
生きようとする気持ちに出来るかである
その真逆をするというのだから
問題の無い訳が無い
私の叔父は
植物人間に成りかけ
その後 意識を戻してから
もう十数年 病院暮らしである
その叔父にも
当然 この選択を迫られる
この間 逢いに北海道まで行ってきたが
私を分かっているのか定かではないが
話をにこやかにする
その笑顔は よそよそしく
こんなとこまで来て
有難うという笑顔である
本人は 生きたいだろうが
周りに何年も迷惑をかけている
という意識があるようだ
その叔父に選択をさせる
そんな酷な話は無い
何処が素晴らしい医療制度なのだ
金より大切なモノを蔑ろに
何を持って素晴らしいというのか
国が 自殺的選択を強制する
確実に間違っている
これが介護経験者の舛添氏の判断とは
もしかしたら 介護しながら
死んだら良いのにとでも思っていたのだろうか
金が正義的
今の日本の考えに問題を感じる
とうとう人命にまで達したのかと
その前に
削れるとこあるだろう
例えば
会社に義務付けてる健康診断
毎年行われているが
本当に毎年しなければ成らないのだろうか?
2~3年に一度で良いのでは?
健康診断は
最低ランクでは
特に何も引っ掛からない
殆ど意味がない
身長 体重 聴覚 視力など
特に 必要無いのでは?
せめて
本当に必要なモノだけにして
もっと安く済ませては如何だろう?
いまいち
健康診断に疑問がある
途轍も無い金が使われているような
国民も医療費を考えるべきだろう
単に風邪ぐらいなら
薬局で済ませれば良い
然程でなくても医者に行く人がいる
元々人は 治癒能力がある
あまり過敏になる必要は無いハズ
そうだ 10年病院に行かないと
国から10万円貰えることにしたら
少々の病気じゃ行かないんじゃないだろうか
な~んて
それは 重病なことに
成りかねないから無理として
国民も国に無駄無駄言ってばかりではなく
自分自身も無駄が無いか考えるべきである