2019.09.05 藤原歌劇団公演 ロッシーニ作曲 歌劇『ランスへの旅』 | たっぴーのムジカしくない日記 "Incominciate!!"

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主にオペラの感想等を亡備録として書き連ねていこうかなと思ってます。
その時感じたことをそのまま書くようにしてますので、文筆がおかしいことは多々ありますが、良ければご覧下さい。

ついにこの日がやってきました。チケット発売日からずっと楽しみにしていた今日は、藤原歌劇団(共催 新国立劇場・二期会)による『ランスへの旅』の初日でした。

この作品は、ロッシーニがフランス国王シャルル10世の戴冠式の為に作曲し、戴冠式が終わるとその後数回上演をした後は、自ら楽譜を回収して同作品の上演を認めず、長らく歴史のなかで忘れ去られてきました。
しかし、故アルベルト・ゼッダやロッシーニ財団の尽力により楽譜の復元が1970年代から始まり、1984年のペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルにてクラウディオ・アバドを指揮者として復活上演致しました。その時のライブは映像でも録音でも残っていますが、当代随一の豪華絢爛な歌手が揃えられ、ロッシーニ好き、オペラ好きの中では今でも語り草になっています。

ロッシーニはどうやら『ランスへの旅』はあくまでも祝祭用に作曲したもので、何度も上演をしようとは考えていなかったようです。結果、作曲者自らがシャルル10世に配慮した形で楽譜を回収したわけですが、何故それが復元出来たのかというのは、その曲のほとんどが『オリー伯爵』に転用されていたからです。それ自体は有名な話で、マエストロ・ゼッダは「復元自体はそんなに大変な作業ではなかった」と後日談で語っています。

祝祭用と聴いただけでも華やかなオペラなのだろうと想像が付くわけですが、まさにオペラ界の紅白歌合戦みたいなもので、出演者はこれでもかと歌唱を披露し続けます。その歌唱は人間業とは思えないような超絶技巧を駆使したものばかり。そういった曲を歌える歌手を少なくとも14人集めてこなければ成立しないという、上演するための条件的にもハードルが高いオペラです。

そんなオペラをこの日本で見れちゃったわけです。そして残り3日もやってくれるわけです。しかも、ベルカントものには定評のある、主に藤原歌劇団の面々によって。いやはや、ソリストが発表になった時に飛び上がりましたよね。なんという豪華なキャスティングなんだと!!とりあえず「小堀」って書いてあった時点で行くのを決めましたよね(笑)

前置きはこの辺に致しまして、昨日の『ランスへの旅』は実際どうだったのか。
西郷でした。誰が西南戦争やねん。最高でした!!良い意味でヤバかったです!!何度でも観たい!!
では、ここから出演者について僕の完全なる主観で称えていこうと思います。

まずは、指揮者の園田隆一郎さん。もうね、感謝ですよ。感謝。すんごいロッシーニだった。こんな風にオケをまとめられる人いないんじゃなかろうか。日本におけるロッシーニの神です。世界的なロッシーニの神 故アルベルト・ゼッダの薫陶を受けているだけあって実に素晴らしいロッシーニを聴かせてくれました。幕が開くのと同時に演奏が始まるわけですが、その最初の1~2小節を聴いただけで「うわ、マジで最高や。これや、これやで、隆一郎兄さんこれですわ!!」と気持ちがどんどんと高ぶっていきました。東フィルがまた良い音を紡いでくれるんですよ。さっぱりと明るく溌剌とした、聴きたい音がシャワーの様に聴こえてくるんです。しかも、歌が聞こえづらくなることもない理想的な演奏。数年前に、大阪や日生劇場で師匠のゼッダ指揮『ランスへの旅』を聴いたときが蘇りました。
カーテンコールもたっぷりされてて、これはなかなか満足されているご様子だぜなんて思ったらこちらも嬉しくなってきて、Bravoとか叫び過ぎて喉やられました(笑)
マエストロと東フィルよありがとう。

ソリストはみんなそれぞれの良さがあって、どこに良さを求めるのかということによって感想が変わってしまうのですが、ここではあくまでも僕の好きなロッシーニの様式感みたいなものを基準に素晴らしかった方々の感想を述べようと思います。

まずは、われらがスーパースター小堀勇介さん。今回は自身2度目となるリーベンスコフ伯爵。文字通りのスーパースターでした(笑)マリオの無敵状態。小堀さんの調子は第一声を聴いたらわかる(と思ってる)のですが、昨日は万全でそれはそれは素晴らしい状態だったと思います。そしてそういう時は本当に無敵なんですよ。彼の声の魅力、息づかい、アジリタなどの技術が求心力もって聴衆を引き付けてしまう。本当に凄いなと思います。2幕冒頭のメリベーア侯爵夫人との二重唱はですね、本日のMVP重唱ですね。しかも飛び抜けて素晴らしかった。これが聴けるだけでチケット代の8割くらいの価値がある。オペラの中で色々聴かせてくれたヴァリエーションも面白かったし、ロッシーニ好きの心をこれでどうや、オラオラとくすぐってくる。素晴らしかった。こういうものが聴きたい。それを聴かせてくれた。小堀さん声自体は違うにしても、こんなに歌えて様式の美しさもある…もう日本のフローレスやん。今日は日本のゼッダと日本のフローレスの共演やん。最高やん。最高メトラーEijiやん(もうそのドラマのこと覚えるやつおらんやろ)
いやぁ文句なし。あたしゃ嬉しい。そして、世界で戦えます小堀勇介。絶対。世界のみなさま、ぜひ宜しくお願い致します。何の権力もないただの田舎者が推薦しております。しかも日本語で(笑)
あと、終演後楽屋口に1番に駆けつけて出待ちの人と話をして、1番最後までいた小堀勇介。そういうところもやっぱりすげぇぜ。実るほど首を垂れる稲穂かな。

次は伊藤貴之さんのシドニー卿。伊藤さんにもこの興奮を伝えましたけど、もうね、素晴らしかった!!!声の調子も良かった気がするし、明るく実にベルカントな声がぴったり。世界的に今必要としているバスの声ですよね。バスというと昔は重さが売りみたいなイメージがあったように思いますが、伊藤さんの様なバスは今のバス。だからベルカントが歌える。だから好き。だからアモーレ。段々話がわけわかんないとこにきましたが、アリアは必聴ですよ。これまた僕のBravoが鳴り響くという結果に。めちゃめちゃ難しいアリアだと思うんですけど、それを微塵も感じさせない歌唱に鳥肌が立ちました。以前も同役を歌われたのを聴いたことがあるのですが、確実に進化を遂げていて、シドニー卿は伊藤さんの持ち役としてはまったなという感じ。イタリアを感じさせるシドニーでした(わかりにくい表現!)

次は砂川涼子さんのコリンナ。砂川さん、何やってもはまるのね。すごいわこの人は。決してロッシーニを持ち役としてたくさん持ってますという方ではないと思うのですが、実に素晴らしいコリンナでした。ハープの方も上手くて最後のシャルル10世に捧げるアリアは聞き惚れてしまいました。コリンナが出てくると金の百合亭にいるその場の雰囲気を変えて、何か崇高な気持ちにさせてしまうみたいなところが役的に持っているのですが、実際の新国立劇場の会場の空気感も同様に変えてしまうあたりはさすがですね。ただ、コリンナは登場の仕方がずるいよね(笑)みんな集中して見るよね(笑)神秘的なコリンナではありますが、騎士ベルフィオーレとの二重唱での少しコミカルな所も上手く表現されていて、そのギャップもまた良かったです。

長くなってしまうので、最後に3人簡単に。まずは、コルテーゼ夫人の山口佳子さん。幕開けからコルテーゼ夫人のアリアまでの流れがとても好きな私ですが、今回そこがとても楽しめましたした。山口さんはイタリア語が美しいし、早口で歌っていても歌詞と声のボリュームが均一に聴こえてきて聴いてて気持ちよかったです。また、レチは日本人とは思えない自然さ。彼女のモーツァルトなんかも聴いてみたいなと思いました。
次にメリベーア侯爵夫人の中島郁子さん。ロッシーニには向いていなさそうな声かと思いきや、豊かな響きのある声でよく転がるのでとても良かったですね。リーベンスコフ伯爵との二重唱なんかは白熱して拍手喝采でした。
最後は、アントーニオの岡野守さん。ちょい役だけど、レチから聴こえてくるいい声に驚きました。

今回『ランスへの旅』を見終わって感じたのは、このオペラって、一種の『イッツ・ア・スモールワールド』だったんだなぁということ。つまり、世界平和を歌ってるんだなということです。それ自体は昔から思ってましたが、今回よりそう思いました。物語としては世界各国の人達が1つの宿に集まり、シャルル10世をみんなで称えるわけですが、現代の我々がそれを見ると、世界各国の人達が1つになって平和を称えているように見えてくるのです。しかも歌によって国境を越えて結ばれていくところが良い。いがみ合っていたリーベンスコフ伯爵とドン・アルヴァーロが握手をしていたのを見て深く頷きました。シャルル10世は今はいませんが、称えるべきは世界の平和なんですよね。そういう意味で実はストーリーは荒唐無稽なこのオペラも音楽的な平和へのアプローチを考えると実はとても懐の深いオペラなのかもしれないと感じました。

昨今の世界情勢を鑑みると、今このオペラを上演する意味は非常に大きなものになるのではないでしょうか。

それと、様式について。ロッシーニやドニゼッティ等のベルカントオペラは特にそうだと思いますが、やはり様式感は大切。それがないものはそもそも面白くない。今回の公演では藤原歌劇団の歴史が見れるような幅広い世代が集まっていて、発声の歴史も感じました。要は今風昔風みたいな話です。しかし、『ランスへの旅』はロッシーニ作品の中でも実は様式に捕らわれなくても楽しめるオペラなんだと気付きました。だって事実楽しめましたからね。冒頭でも申しましたが、このオペラは歌合戦要素があるわけなんですよね。そりゃ今のベルカント歌手が揃い踏みというのは良いに決まってますが、主に藤原の実力者がこれでもかと歌ってくれるわけで、良くないわけないんですよね。だからこそ、『イッツ・ア・スモールワールド』感を感じたのかもしれません。やはり、懐の深いオペラですね。