新4年生の大朏です。

今日は大学の入学式が行われました。私も3年前には同じようになれないスーツを着て参加していたのかと懐かしい気持ちになりました。

 

今回の話題についてですが、お花見の感想と周りの環境の変化についてです。

お花見レガッタは3月29~30日にかけて行われました。開催時期的に新シーズン初めての大会で、漕手たちは雪積もる中で蓄えた力をここで試し、インカレへの第一歩として自信を付けられたかと思います。個人的な感想としては、他のレーンの艇たちと競っている中でのコックスの指示出しと苦しい顔をしながらもそれに応えるように足蹴りをするフォア。水しぶきを上げながらなんとか順位を落とすまいと漕ぎ切ったダブル。エルゴの好記録を残し、水上でも最悪のコンディションであったにもかかわらず力漕で何とかした男子シングル。初めてシングルで初出場し、やり切って引退した女子漕手。そしてバリバリの現役漕手と同じかそれ以上の活動日数を誇り、部の縁の下の力持ちで大会時も卒なく業務をこなすマネージャー。みんなかっこよかったです。100点

毎年お花見レガッタといいながら枝には薄みどりの蕾が目立って桜があまり咲いてない記憶しかありませんでしたが、今年は例外で桜咲く木の下でサポートや漕手みんなで集合写真を撮ることができました。

 

次に私の環境について少しだけ報告です。やっと4年生になり研究室が決まりました。卒業研究や院進に向けて勉強しないとなあと感じながらやりたくなくて今はまだ読書と運動に逃げています。意外と4年生になっても履修するものが多いと気づき、先輩方が4年生になって顔を見せにくくなるのもわかる気がします。これから新歓が始まり、新一年生がどれだけ入ってきてくれるかわかりませんが、そんなまだ見ぬ一年生の記憶の片隅にでも、たったひとかけらだけでもいいのでそんな先輩いたよなーと思われるようになるべく時間を作りたいです。

 「コペルニクス的転回」という言葉をご存じだろうか。「パラダイム・シフト」とも言い換えられるこの言葉は18世紀に活躍した哲学者カントにより哲学用語として「発明」され、「考え方を根本的に変化させることで物事の新たな局面を切り開くこと」といった意味があるという。コペルニクスは15世紀から16世紀にかけて活躍したポーランド出身の天文学者であり、晩年に記した著書「天球の回転について」のなかで唱えた地動説がそれまでの天文学の発想を大きく覆すものであったことからこの言葉に名が冠されている。

 出自こそ哲学用語でありながら現在ではビジネス用語としても稀にではあるが用いられる事実が、この「根本的な考え方の転換」が現代でも大いなる意味を持っていることの証左として読者諸氏にも伝わるはずだ。進捗が煮詰まったときにこそ、「前提」や「周知の事実」に疑いの目を向けることの重要性は今も昔も大きく変わらないということだろう。

 過去を紐解いてみても、源平合戦の最中で発生した一の谷の戦いにて源義経が披露した「鵯越の逆落とし」、コンスタンティノープル攻略戦でオスマン帝国の指導者メフメト2世が繰り出した「艦隊の山越え」など、歴史の随所にはこうした「コペルニクス的転回」の実例ともいえるアイデアが登場し、年表を彩っていることが分かる。

 無論、こうした発想は単に思いつくだけではなく、実際に実行に移すだけの行動力、なによりこうした一見突飛にも思える行動を容認するだけの胆力が必要になる。ゆえに、現代でこうした独創的な発想を現実のものとしたいのならば関係する多くの人々、そして万が一のときに責任を取るリーダーの理解と協力が必要になることは言うまでもない。

 

 

 さて、巨大かつ歴史ある組織の全貌に比すれば非常に些細で、またとても微細な変化ではあるが、先に挙げたような「コペルニクス的転回」は直近のボート部においてもいくつか起きている。過渡期にある部において、あまたあるそうした変化のうちの一つにしてユニークな部類にあたるものが「PVの制作」である。今年度のPVについては制作工程の殆どを僕が担当者として請け負っていたこともあるので、このブログでも宣伝がてら言及させて頂こうと思う。

 そもそもあまりアップテンポではない洋楽を用い、スタイリッシュさに重きを置いた昨年度のPVからして、それまでの新大ボート部の、否、PVとしての形式そのものにすら風穴を開ける革新的な気質のものであった。僕のPV制作作業は「前年度の課題の洗い出し」と言えば聞こえはいいが、そういう革新的な試みにケチをつけ、自分なりの革新性を持ったPVとなるように方向性を定めるところから始まった。

 とはいえ、少なくとも「プロモーション」ビデオという観点において、近年稀にみる12人(のちに13人へ)という大量の新入生の獲得に成功した2024年度のPVの功績を完全に無視するわけにもいかない。なにしろ前年度は今年度試みた方向とは別のアプローチでの「コペルニクス的転回」を見事に成功させているのである。実際に部内へ方針を説明するために作成したプレゼンテーションビデオへの反応は、逆風とはいかずとも芳しいものばかりではなく、ある種成功者の跡を継ぐことの難しさについて身をもって実感したものであった。

 そんなPVであるが、動画を並べる際にはなによりも映像の「流れ」が心に入りやすいような構成を心掛けた。常々説明に用いていた言葉は「感情的訴求効果」と「知識的訴求効果」。前年度の課題についてこの2点から何度も振り返りを行うとともに、また今年度の制作方針の説明を行った。

 勿論組織であるから、意見が完璧に一つになることなどあり得ない。内部でも、演出や使用する素材、果てはコンセプトそのものまで、多くの疑問や反対意見が出たことは言うまでもない。しかしそれも、伝えたい「ボート部の魅力」という像がお互いにあってこそ。自由に作らせてくれ、という気持ちが完全になくなった訳はないが、そうしたぶつかり合いがあるという事実は好意的に受け止めるべきであると、納得しつつ制作を進めていた。長すぎて分かりづらいとまで言わしめた分量の説明を編成する細やかさとある程度の批判を聞き流す横暴さをうまく(都合よく?)組み合わせて中途半端な能書きを垂れたのはあるが、部員のみんながなんだかんだで信頼を置いてくれたのか、大部分を僕のやりたいようにやらせてくれたことは本当にありがたかった。

 

 

 PV制作のため重ねたミーティングは二桁回以上。フィードバックのため作成した資料は5つ、説明用に制作した動画は3つ。撮影し集約した素材は3桁を優に超える。そうした時間と映像と、構想から足掛け5か月に及ぶ制作の果てに生まれたPVなのだ。語りつくせない苦労も、エピソードも、辛さもたくさんある。それでも、作り終えた瞬間に一人の部屋で零れんばかりに溢れ出した達成感が、片鱗だけでも伝わるのなら嬉しいことこの上ない。

 

 

 

「芸術は爆発だ」

 そんなインパクトの強い言葉とともに、旧大阪万博のシンボルである「太陽の塔」の設計でも有名な岡本太郎は、実は前述のフレーズの他にも芸術・創作にあたる際の細やかな心掛けから生き方に至るまで複数の言及があることで知られている。あまたある言葉を紹介し続けても蛇足にしかならないので、PV制作者としての矜持と信念、そして執念をもっとも端的に表現していた彼の至言をここに引用させていただき、PVのリンクと僭越ながら並べおくことで、この文章の結びとしたい。

 

「自分の価値観を持って生きるってことは、嫌われても当たり前なんだ。」

PVリンク:新潟大学ボート部PV【2025ver.】

 

                  文責:マネージャー・漕手・広報一年 谷村

山本です。

 

今日はとてもいい天気でした。

青空が広がり、春の訪れを感じさせる暖かな日でした。

 

どんな新一年生が入部してくるか今から楽しみです。

 

このブログを見てくれている新一年生がいたら、どんどん過去のブログを漁ってほしいですね。

やっぱブログを見ているとその人となりというのが何となくわかってくるもので楽しいです。

 

X(Twitter)をさかのぼると先輩が書いた昔のFC2のブログも見れるはずです。

 

ぜひとも

 

 

 

 

 こんばんは、半ば新大ボート部ブログの守護神と化している谷村です。本日は札幌への帰省最終日。本来であればパソコンなどさっさと閉じてベッドへ直行、明日のフライトに向けて英気を養いところですが、どうしても今日書いておきたいテーマがあるため、今こうしてブログを書いています。

 そしてもう一点。こちらのブログは他大学ボート部の皆さんやOBの皆様が呼んで下さることも多く、ボート部一同大変励みにさせていただいているのですが、本日このブログ、この記事に限っては前述した方々は読者としてのターゲットではありません。ではこの記事は誰に向けてのものなのか。そう、人生の大一番、大勝負を明日に控える大学受験生の皆さんへのものです。僕の知る限りの受験生、即ち数多の後輩と僕の親友をはじめとする浪人生に向けて、こんな駄文を生成しています。どうかみなさん、しばしの間お付き合いください。


 僕が新潟大学を受験したときの面白い話でもしましょう。札幌住まいとはいえ祖父が新潟県に住んでいるという状況であったため、僕の新大受験は前泊がホテル、後泊が(親の)実家という珍しい構成でした。そんなわけで前泊したホテル。当然積雪地帯の冬ということで暖房がガンガンに炊かれていたわけですが、こともあろうに暖房のコントローラーがどこにも見当たらないではありませんか。あちこち探し回るも成果虚しく、諦めて勉強…ではなくアプリで将棋ゲームに興じること3時間(?!)。お手洗いに向かおうとふと顔を上げた僕が壁にかかっているリモコンを見つけたときに沸いてきた疲労感と哀しみと怒り、そして蒸し焼きにされずに済むという安堵感を、皆さんは想像できるでしょうか。すぐに室温を調整して改めて布団にくるまったとき、時刻は朝の3時を指していました。なんだかんだで一時間くらい寝付くのにかかる人間なので、実質的な受験前日当日の睡眠時間は3時間ということになります。何とも恐ろしいですね、我ながらよく合格できたものです(白目)。
 まあそういうわけで気楽に行きましょう。案外受験は何とかなります。

 日本の正確な地図を作成し、「その地図の正確さが意味する圧倒的な技術力を目にした欧米人に日本の植民地化を諦めさせた」とする説すらある伊能忠敬の名言を拝借しましょう。以下は今ほど平均寿命が長くなかった江戸時代、御年55歳で日本全国の測量旅に出立するにあたり彼が残した言葉です。
「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生は要らない」
 皆さんの夢はそれぞれでしょう。しかしながら未来なんてわからない…この一年間、あるいはそれ以上の期間、あなたはそんな呪いと格闘してきたことでしょう。
受験という試練は過酷で、孤独で、なにより先の見えない闘いです。「大学生は楽しいよ」そんな周囲の言葉に対し、大学生となった自分の未来が想像できない、今を生きることに精一杯だという思いは、あなたの心のどこかにきっとずっと引っかかっていたはずです。それでも。2か月後、歩き続けた先で、きっとこの暗闇は抜け出せます。受験まではわずか1日。あなたが努力を重ねてきた時間に比べれば、あっという間の時間の筈です。 

 自信を無くしたり不安に思ったときは、過去を振り返ってみましょう。甘美な誘惑を振り切ってあなたが歩んできた努力の長い長い足跡が、あなたの背中に続いているはずです。過去のあなたが信じた自分に自信をもって、合格へつながる解答をひと文字ずつ、解答用紙に全力で刻んでいきましょう。
気負うことはありません。そう、未来なんて、絶対にわからないのですから。

 

 新潟大学で、あるいはほかの大学で、4月から輝くであろう皆さんの、余生ではなく今生が輝かしいものになるように。その最初の一歩を、自身を持って踏み出してきてください。

 さあ、いってらっしゃい。

                文責:マネージャー・漕手・広報1年 谷村 東哉
 

明日は2000m測定だ。

 

部員にとって、ここ大一番だ。

 

最後まで負けるな。

 

さあいこう。

 

 

(2年cox佐藤豪)

4ヶ月ぶりのブログになります。テスト直前で焦りながら、なぜかブログを書いています。漕手の荒木田です。

冬トレはかれこれ4回目(1年時は一年ずっと陸トレでしたが)になります。競技を始めた1年目の冬は、毎日非常に辛いメニューが続き、毎日「退部してやる!」と言っていたものです。高校3年の夏も、受験勉強と並行して毎日1000mレースを8本やり、今が人生で一番辛い時期だと思い込んでいました。

「大学4年間は人生の夏休み」なんて言葉を耳にしながら大学に入ったものですが、最近は「全く正反対じゃないか?」と思います。まあ、ボート部に入った時点でそこからはずれるのは当たり前なのですが…。睡眠時間は平均して去年より1時間以上減り、趣味も分からなくなりそうな今日この頃です。

ただ、なぜこうまでして辛い生活を選んだか。やはりボートが好きなんだろうなという結論に落ち着きます。高校経験者とは、「なぜ大学でも続けているんだろう。病気なのかな?」と話すこともしばしばですが、全員、ボートの沼にはまったということでしょうか。辛いことだらけですが、競技を楽しむことができ、仲間にも恵まれ、ここまで続けてきて良かったなと感じています。

さて、大好きなこのボート競技を本格的にするのは今年が最後になってしまいそうですが、競技人生を悔いなく終われるように、日々全力で取り組んでいきたいと思います。限界突破を目指します。

中旬の2000m測定で今年のクルーの大枠が決まりますが、私自身かなりピンチです。単位を落とさない程度に学業を頑張りつつ、できる限り部活と睡眠の時間を確保して望みたいと思います。

どうもつまらないブログになってしまいましたが、次回はもう少し読みごたえのあるブログを書くことをここにて宣言し、締めたいと思います。

 僕にとって、そして世界にとっても激動の一年となった2024年が幕を下ろし、2025年のカレンダーがめくられ始めてから、驚くべきことに間もなく10日が経とうとしている。たった10日、たった240時間とみる向きもあれば、既に一年365日の1/36が経過しかけている、という見方もできるだろう。人間の尺度というのは人により実に多彩な見方ができるもので、それがこの世界の面白さでもある。そう思うのはきっと、僕だけではないだろう。

 

 

 

 さて、本年は干支にすると巳。俗にいう蛇年である。干支そのものに関して言及するなら、年越しや新年に関わるこの時期だけやたらと多く登場する割に、夏や秋には動物園以外でほとんどその名を見ないのがあまりに露骨かつ不自然で、なんというか「くすっと笑える」話である。世界のどこかに干支をビジネスにしているような不届きもの素敵な紳士の皆様でもおられるのだろうか。いるとしたらぜひ飛んで行って、商売のコツなんかをきいてみたいものだ。

 

 へびといえば世界保健機関(WHO)のシンボルマークにも登場するほど「医学」や「健康」との結びつきが強いシンボルであることでも有名である。一般的にはコブラやマムシにも代表されるように「毒蛇」の印象から真逆のイメージを抱きがちだが、実は脱皮を繰り返す姿が「蘇生」の象徴とされ、古代ギリシャで癒しの神として崇められたアスクレピオスがへびに姿を変えて疫病を鎮めたという伝説もあることから、世界的に見れば蛇はむしろ生命力の象徴として長い歴史を持つといえるだろう。また蛇は農作物を食い荒らす小動物を食べることで人類の発展に貢献する益獣であるほか、「毒を以て毒を制す」ということわざの通り蛇毒の血清は蛇毒から作られるという事実もあるためあながち有害というばかりでもなく、蛇と聞いて時ならぬ悲鳴を上げる常識はもはや過去のものなのかもしれない。

 

 そんなへびだが、全天に88存在する星座でもとりわけ多くの星座のモチーフとなっており、「へび座」のほかにも「うみへび座」「みずへび座」そして「へびつかい座」と4つの星座が存在する。このうちへびつかい座に関して言えばモチーフは先ほど名前が挙がったアスクレピオスであるのだが、あまりに優秀な医者であったために死者の蘇生まで行えるようになってしまった結果、死者の国とのバランスを乱したことで冥神ハーデースの怒りを買い、雷撃で撃ち殺されたのち紆余曲折を経て星座となった、という神話がある。何事も進歩しすぎることは神の不興を買うということか。どこか現代にも置き換えられそうな、身につまされる話である。

 新年早々重めの神話の紹介でした。…ヘビーだけに。

 

 

 さて、長すぎる枕噺にオチを付けたところで、ようやくこのブログの主題である「ボート部について」の内容である。ここでは過ぎ去りし2024年のトピックのうち、僕自身の怠慢により記事になっていなかった内容から一部抜粋し、その様子を僕なりの視点から読者諸氏にご紹介できればと思う。

 

 まず一点目。去る12月14日、新潟県立南高校さんの艇庫で行われたのは「インドアローイング大会」である。その名の通り、県内複数の高校・大学に点在するボート部が一堂に会し、2000メートルのTT(タイム・トライアル)をエルゴで記録する記録会である。本格的な漕手転向が11月であった僕としては、エルゴ競技ではありながらもボート部選手として参加する初めての公式記録会ということでワクワクしながら参加したのであるが、現実は非情である。参考記録なしという特記事項があったにせよ、なぜか最下位グループではないグループに配置されるという謎の配置ミスもあり、否、そのミスに関わりなく、結果は高校生も含めた男子選手でぶっちぎりの最下位。女子まで含めても危うく全体ビリという、なんとも悲しいタイムであった。しかし何よりきつかったのは漕ぎ終わった後。超ハイレートでの逃げ切り作戦が完全に裏目に出た結果肺活量の限界を迎え、規定距離終了後も動くどころか口を開くことすらできず、次の組の邪魔にならないようにY先輩に運搬され休憩場所まで移送される羽目に。20分間立つことすらできずぶっ倒れているなか、隣でFさんと会話していた新入部員のOさん。「エルゴって楽しそうだね、私もやってみたい」というあなたの発言にはぶったまげました。そのエルゴを全力で引いた結果、息も絶え絶えなひょろひょろビギナーがあなたの足元にいますよ。
 しかしこの発言をよくよく吟味した結果思い出すのは、インカレ用の記録会で外野の安全な立場からまさしく同じような発言をしていた自分の姿である。「外野から見る分には楽しく見える」のは競技の発展要素として重要なファクターの一つであるし、こうして順調に同じ意見が受け継がれていくのはある種健全な部活である証拠なのだろう。

 

 それに、高校からの経験者であるNくんA先輩や成長著しいTくんがお褒めの言葉をかけてくれたことも正直とても嬉しかった。特に「お前は途中でエルゴに吸い込まれるかと思った」とまで言ったTくんが最後まで漕ぎ切ったことを褒めてくれたのは自信に繋がった。それでも。僕は思う。この大会で感じた感情は、喜びや自信だけでは絶対にない。

 

 

 「執念は悔しさから滲み出てくるものだと思います」

 

 

 2020年からサッカーJリーグのブラウブリッツ秋田で監督として指揮を執り、就任初年度にJ3リーグ優勝を成し遂げクラブをJ2に導き、いまもなおJ2秋田で奮闘するその手腕もさることながら、記者会見中に繰り出す独特のワードセンスがたびたび注目の的になる吉田謙が、2023年シーズン序盤、敗戦となったV・ファーレン長崎戦後に残したコメントである。全く種類が違うとはいえ、高校時代までサッカーという運動を、曲がりなりにも12年間続けてきた。この結果に悔しさが残らないわけがない。

 だから、様々な人が褒めてくれたとしても、その期待は越えなければきっと意味がない。この先の成果は、過去の自分に克ち切る努力と執念で掴み取る。僕にとってこの大会は、そんな決意のきっかけにもなった、多くの実りあるものであった。

 さて、次の記録会は(部内開催ではあるが)2月だと聞く。努力を重ねた先に、いったいどんなドラマが待っているのだろうか。今から楽しみでならない。

 

 

 

 もうひとつ。12月21日、クリスマスマラソン。当日が平日のため直近の休日であるこの日に。こちらの内容で伝えたいことは本当にシンプル。

 地元出身のNくん、タイ順位とはいえ1位おめでとう。そして完璧なコース案内をありがとう。おかげで3位が取れました。本当に感謝しかない。でも来年は今年宣言して果たせなかった1位獲り、真剣に狙うから覚悟しててね。あと純マネージャーのHさんKさん、それと僕の代理でお手伝いに入ってくれたA先輩、めちゃうまケーキと料理、ありがとうございました。満腹で3位賞品のケーキを食い切れなかったのが心残りです。あとTくん、楽しい企画の進行をありがとう。今後の参考にさせてもらいます。

 

 こんなところだろうか。旧年の心残りは旧年中に、とはいったものだが、残念なことに新年に持ち越しとなってしまった。今年はせめて広報である僕だけでも、更新頻度を多少上げられるようにしていきたい。理想の更新頻度はあるがそれをここに宣言してしまうと絶対に怠けるので敢えて示すことはしない。そしてこれが、広報・谷村として目指す、今年の目標の一つとなるだろう。

 

 

 

 

 

 新潟大学ボート部に関わってくださる全ての皆様へ。あらためまして、あけましておめでとうございます。皆様にとって、2025年が飛躍の年となりますように。本年もどうぞ、宜しくお願いいたします。

                                      文責:マネージャー・漕手・広報一年 谷村

 

 p.s.前回の僕の記事でど忘れしていた一人称だが、このブログで再三使用しているように「僕」であった。…初笑いも兼ねて、どうか盛大に笑ってください。

 

この度入部しました、経済科学部1年の太田珠乃です。

自分はラクロス部に入るつもり大学に入りました。なのですが、新歓でギリギリでボート部の試乗会に行った時に、めちゃめちゃはやいスピードのボートに乗せてもらって、それが忘れられなくなって、ボートとラクロスでとても迷うことになってしまいました。

結局その時はラクロスを選んだのですが、いろいろあってラクロスをやめることになった時に、スポーツは続けたくて、その時にボート部を思い出しました。水上のスポーツは未経験でやってみたかったけどあの時諦めたボート部に今からでも入りたいと思い、入部することを決めました。

これから冬トレできついと聞いたのですが、それも全力で頑張ってはやくみんなに追いつきたいと思います。

みなさんやっぱりめちゃくちゃ良い人で楽しいです!

よろしくお願いします!!🤲


↑2024ベストショット!(戸田漕艇場にて、岩本さんと練習中の1枚。右側:岩本さん、左側:鐙


最近本格的に寒くなってきて鍋の頻度が増えてきました。毎週友人と鍋パーティーをしているものの、レパートリーがだんだん無くなって来て焦っている鐙孝太です。個人的に2024年を振り返りたいと思います。


本当にあっという間の1年間でした。新しい経験の毎日で、本当に充実した日々だったと感じています。ボート競技は5年目にして、スウィープ種目に挑戦しました。4年岩本さん(通称:たっちゃん)とペアを組んでインカレにも出場。これまでシングルスカルで漕ぎ続けできましたが、久しぶりのクルーボート。二人で感覚を共有しながら日々技術の向上に励むことが本当に楽しかったです。戸田漕艇場で憧れのインカレの舞台で漕いだこと、結果に悔しさは残りますが、多くの学びがある素晴らしい経験でした。そしてボートから見る景色、毎日が本当に素晴らしいものでした。この競技を通じて私を支えてくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。





その一方でボート以外のことにも挑戦した1年でした。特に印象的なことは南魚沼市での活動です。自分と同じ大学生、南魚沼市の中高生と半年間共に活動しました。中高生と関わるのは貴重な体験。夢ややりたいことに向かって頑張る中高生の姿に動かされました。新たな仲間にも出会うことができました。そして、今まで気付かなかった自分の強み、一面を知ることができました。 


自分自身の変化はどうか?


一言で言うと、「好奇心が止まらなくなった」でしょうか。

南魚沼市での活動をきっかけに、気付けば自分の知らなかった世界に飛び込みまくっていました。

 

多くの人と出会い、新たな自分に気付き、素晴らしい景色を見た1年です。

「できない理由を探さない」これが自分の座右の銘ですが、この言葉の意味を強く感じました。



まだまだ好奇心が収まらない自分。来年も私の挑戦は続きます。2025年はどんな景色を見ることができるか、今から楽しみです。


あと3週間ほどで今年も終わりです。皆さん、体調管理に気をつけて、充実した残りの2024年を過ごして行きましょう!鍋のアイディアありましたら、コメントお待ちしてます!





小田瑛司(2年)

今年1年は、私にとって「自分を見つめ直す」激動の年でした。新潟花火大会が終わったころ、「このままでいいのか?」と強く思うようになり、新たな挑戦としてトレーナースクールに通い始めました。金額的にも大きな挑戦でしたが、自分にとって成長の糧となっています。また、スタートアップしたばかりの大学発ベンチャー企業でインターンを経験し、企業経営についても学び始めました。

トレーナーとしては、食事や運動の知識を深めています。食事のタイミングや栄養学を学ぶことで、将来的には「トレーニングや食事を通じて人々に自信を与える存在」になりたいと思っています。特に、周りの人が「かっこいい」と思える自分作りを支援することを目指しています。

昨年まではボート部中心の生活をしていましたが、さまざまな団体やグループに関わる中で、自分自身の新しい一面に気づけるようになりました。これも大きな学びです。

来年はさらに一段階成長し、自分をアップグレードする挑戦を続けていきたいです。応援よろしくお願いします!