昭和59年2月ダイヤ改正

~昭和60年3月ダイヤ改正前

山陰本線旧型客車のうち

浜坂発京都行き普通客車列車である834レ

京都発福知山行き普通客車列車である837レ

等に関する運用・編成・ダイヤ等

昭59.2福12等運用)

【投稿日 令和6年7月3日】

【修正 令和6年7月9日等】

 

 

【1 はじめに】

1 当時の山陰本線京都口旧型客車運用形態等

 昭和59年(1984年)2月~昭和60年3月ダイヤ改正前の山陰本線京都口旧型客車については、①820レや835レ等に関する運用(#454等参照)、②運用番号が福13の車両等の運用(#455や#469等参照)、③834レや837レ等に関する運用の3つがありました。このうち、③についてはまだブログを作成できていないため、今回はそれについて記載します。

ギザギザ

<参考>

※昭和54年12月体制(概要)(私見)⇒#347、#365、#449、#451等のブログをご参照ください

※昭和59年2月体制(概要)(私見)⇒昭和59年2月~昭和60年3月ダイヤ改正前の山陰本線京都口旧型客車等の運行体制について、当ブログでは「昭和59年2月体制」と呼ぶことがあります。#347、#365、#449、#451等のブログをご参照ください

※山陰本線京都口旧型客車最終日(再掲)⇒昭和60年3月ダイヤ改正が昭和60年(1985年)3月14日に実施されたため、山陰本線京都口における旧型客車最終日は昭和60年3月13日になります。旧型客車廃止時期に関する詳細は、#347等のブログをご参照ください。

 

 

 

【2 運用の概要】

2 昭和59年2月ダイヤ改正~昭和60年3月ダイヤ改正前山陰本線「834レや837レ等に関する運用」(昭59.2福12等運用)

 昭和59年(1984年)2月〜昭和60年(1985年)3月ダイヤ改正前の、運用番号「福12」の旧型客車と「福付12」の旧型客車が連結された旧型客車は、下記の通り、「523列車(523レ)→834列車(834レ)→837列車(837レ)→525列車(525レ)→541列車(541レ)→542列車(542レ)→744列車(744レ)→442列車(442レ)or8424列車(8424レ)→福12と福付12が別の動きになる」の順で運用されていました(当ブログではこれを「昭59.2福12等運用」等の名称で呼ぶことあり。これは当ブログ独自用語)。ここでは、そのうち、523レ~442レの動きについての概要を記載します。

昭和59年2月ダイヤ改正

~昭和60年3月ダイヤ改正前

山陰本線 834レや837レ等

に関する運用のうち

523レ~442レ

<「運用番号 福12+福付12の旧型客車の運用のうち523レ~442レ」>

(昭59.2福12等運用のうち523レ~442レ)

概 要

 

<1日目>

①福知山17時52分発浜坂行き普通客車列車である523レは、豊岡までは「旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+オハ二36(福付15)(→浜坂)」の8両編成で、豊岡駅で「旧型客車座席車1両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+オハ二36(福付15)(→浜坂)」の3両編成になった、とのこと。浜坂駅到着後一晩留置ののち、翌日の834レとなる。

<2日目>

②834レは、浜坂駅を朝の4時36分に発車する普通客車列車(旧型客車)。834レの豊岡までの編成は「(豊岡←)旧型客車座席車1両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+オハ二36(福付15)」の3両編成、とのことで、豊岡で5両連結され、福知山まで「(福知山←)旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+オハ二36(福付15)」の8両編成。福知山駅に到着すると、福付15は切り離され、福知山から京都までの834レは「(京都←)旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)」の7両編成となる。834レは京都駅に11時23分に到着。

③②の834レが京都駅に到着後、一旦梅小路に回送。午後の所定の時刻に京都駅山陰2番ホームに入線し837レ(京都発福知山行き普通客車列車、旧型客車)となる。

④837レは15時57分に京都駅を発車、福知山駅には18時57分に到着。837レの編成は「旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)(→福知山)」の7両編成

⑤④の後、837レの車両は福知山駅?にて一旦留置?ののち、837レの車両に荷物車(米荷1)が1両連結され525レとなる。525レは福知山20時11分発浜坂行き普通客車列車で、編成は「旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+荷物車1両(米荷1)(→浜坂)」の8両編成(後部2両は回送扱い、とのこと)。浜坂駅到着後一晩留置のうえ、翌日の541レとなる。

<3日目>

⑥541レは浜坂駅を朝の5時18分に発車する普通客車列車(旧型客車)で、6時10分に鳥取駅に到着。541レの編成は「旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)+荷物車1両(米荷1)(→鳥取)」の8両編成(後部2両は回送扱い、とのこと)。なお、541レが鳥取駅に到着後、荷物車は切り離されるが、座席車は折り返し542レとなる。

⑦542レは鳥取駅を6時25分に発車する豊岡行き普通客車列車(旧型客車)で、豊岡駅に8時27分に到着。編成は「(豊岡←)旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)」の7両編成。豊岡到着後、所定の時刻まで?留置?

⑧⑦の後、542レだった車両に福付13の車両が前方に連結され、豊岡発篠山口行き普通客車列車(旧型客車)である744レとなる。744レは豊岡駅を16時58分に発車し篠山口駅には19時55分に到着。編成は「(篠山口←)旧型客車の座席車1両(福付13回送扱い)+旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)」の8両編成。744レは篠山口駅?で一晩留置のうえ、翌日の442レ(休日は8424レ)となる。

<4日目>

⑨平日の場合、442レは篠山口駅を6時49分に発車し大阪に8時39分に到着。編成は「(大阪←)旧型客車の座席車1両(福付13)+旧型客車の座席車6両(福12)+旧型客車の座席車1両(福付12)」の8両編成。この列車の大阪駅到着後の動きについては、分割されて別の運用になるなど非常に複雑になるため、記載省略。

 

※『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)及び『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)にて確認。

※運用番号が福12の旧型客車は、通常は座席車6両(増結される場合あり)。また、福付12の旧型客車は、座席車1両。

※増結される場合あり

※運用番号が福付15のオハ二36は、半分が座席車、半分が荷物車となっている車両

※福12、福付12、福付13、福付15は「福フチ」(福知山客貨車区)

※米荷1は「米ハマ」(浜田客貨車区)

※機関車はいずれもDD51

※「昭59.2福12等運用」は当ブログ独自用語

 

 

※郵便車や荷物車等についての詳細は今回は記載省略します(#455等のブログ参照)

※後日、JPEG形式の資料を作成し新たにブログを作成するかもしれません

(1日目、2日目等の文言を追記(R6.7.4))

 

 

 

【3 各列車の勇姿やダイヤ等】

3 当時の523列車(523レ)について

 夕方に福知山駅を出発する福知山発浜坂行き普通客車列車(旧型客車)である523列車について、手元に写真等がないため、ダイヤの詳細や勇姿について今回は記載省略しますが、両数・編成についての資料を掲載します。

(6.7UP)

ギザギザ

 

 

4 当時の834列車(834レ)について

(1)両数・編成等

※昭和59年2月〜昭和60年3月ダイヤ改正前の834列車(834レ)の両数は、『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)や『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)によると、編成(車番なし)については次の通り

※機関車はディーゼル機関車であるDD51

(6.6UP)

ギザギザ

 

(2)各駅発車時刻等一覧

昭59.2〜昭60.3ダ改前の834レは、浜坂駅を朝の4時36分に発車、京都駅に11時23分に到着。

※当初掲載の834レ各駅発車時刻一覧の資料について、次の#478のブログに記載(R6.7.9修正)

 

 

ギザギザ

 

(3)勇姿

①福知山…R6.7.6に投稿の上記#478のブログをご参照ください(R6.7.6修正)

②園部・八木・千代川等…R6.7.6に投稿の#478のブログをご参照ください(R6.7.6追記)

③保津峡付近

<参考>

<引用>

※ヤフオクで入手、出品者了承済み(加工についても了承済み)、転載等禁止

※出品者によると、撮影日は昭和57年11月21日で、場所は山陰本線保津峡~嵯峨間、とのこと。機関車はDD51。

 

※#347等のブログも参照

 

(4.10UP)

 

 

(4)その他 個人的事情も入っていますが、次のブログでも触れています

 

 

 

 

5 当時の837列車(837レ)について

(1)両数・編成等

※昭和59年2月〜昭和60年3月ダイヤ改正前の837列車(837レ)は、『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)や『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)によると、編成については次の通り

(6.6UP)

ギザギザ

(2)各駅発車時刻等一覧

(6.7UP)

ギザギザ

 

(3)勇姿

①いわゆる二条駅カーブ

 

<参考>

<引用>

※引用元:日本国有鉄道ファンさんのブログ

※日本国有鉄道ファンのブログより引用。このブログの管理者さんが撮影。(引用で使用することついては、了解を得ております。)
※撮影日は、「1979年の夏休み期間中の8月16日まで」とのこと。列車番号等は不明、とのこと。場所は、いわゆる二条駅カーブの箇所。

※機関車はDD51

※日本国有鉄道ファンさんのブログのURLは次の通り

 

(ソロ鉄ブログ管理者補足説明)

※この旧型客車は、当時の京都発の下り普通客車列車。(詳細不明)

※詳細について記載省略。#119、#252、#347等のブログをご参照ください。

 

 

(4.5UP)

 

 

②保津峡

<引用>(上り50系と交換シーン)

※メルカリで入手、出品者了承済み、転載等禁止

※場所は、かつての山陰本線保津峡駅

 

(ソロ鉄ブログ管理者補足説明)

※この写真は、昭和60年3月以前における山陰本線保津峡駅。時刻は夕方頃と思われる。詳細な年月日については不明

※この写真の旧型客車は、夕方の京都発福知山行き普通客車列車と思われる。

※この写真の50系客車は、夕方の園部発京都行き50系普通客車列車と思われる。

※その他詳細については記載省略。(#347等のブログもご参照ください)

 

(4.5UP)

 

ギザギザ

<引用>

※引用元:旅一郎氏のYouTube動画「【バラエティ豊かな列車たち】保津峡1987 」

※昭和59年?頃の保津峡における、京都発福知山行き普通客車列車である837レ、とのこと

 

※URLは次の通り

 

 

 

③その他の写真 上記以外の写真について入手できていないため、記載省略します

 

(4)その他 個人的事情も入っていますが、次のブログでも触れています

 

 

 

 

 

6 当時の525列車(525レ)等について

 上記837列車が福知山に到着後一旦留置?のうえ、荷物車1両が837レの車両に連結されて525列車(525レ)となり、上記2にて記載の流れで運用されます。それらの列車に関する写真等が入手できていないため、勇姿やダイヤについて今回は記載省略します。なお、参考までに、525列車及び541列車の編成資料を掲載します。

(6.7UP)

 

 

 

【4 その他】

7 その他

 昭和60年3月ダイヤ改正後の経過等については、#347等のブログにも記載しておりますが、後日、改めて記載する予定にしています。

 昭和61年11月ダイヤ改正後の836レ(今回のブログで取り上げた834レのスジのうち福知山~京都間を走行)については、#276のブログをご参照ください。また、昭和61年11月ダイヤ改正後の京都発福知山行き12系普通客車列車である835レについては、#294のブログをご参照ください

ギザギザ

 

※過去ブログ修正96について、それ自体に記載ミスがあったため削除しました(R6.7.4)
 

 

 

<参考文献>

・『国鉄監修 交通公社の時刻表』(1982年7月号、1983年夏号、1984年6月号、1985年1月号等)(日本交通公社)

・『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)

・『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)

『国鉄時代 Vol.73(2023-5月号) 魅惑の国鉄車両』(㈱ネコ・パブリッシング)

・「3-3 旧型客車(山陰) 1984年8月 山陰本線夜行鈍行「山陰」と倉吉線と紀勢本線の旧客」(1980年代国鉄撮影日記のHP)

・「1980年代の旧型客車編成記録」(倶楽部メモ:客車倶楽部過去ロク集のHP)

・「客車列車の編成記録」(別館一般型客車資料室)

・『国鉄客車ガイド』(昭和58年7月20日発行)(㈱ジェー・アール・アール)

・『鉄道ピクトリアル』(2007年2月号)(㈱電気車研究会)

・旅一郎氏のYouTube動画

・日本国有鉄道ファン氏のAmebaブログ

・kumoha54氏等のYouTube動画

・kamesansg2002氏のYouTube動画

・DFアローホームページ

・各種旧Twitter情報

・ウイキペディア

・10th 3rd enpedia「荷物列車」

 

 

 

 

<Pick>

 

 

 

 

 

 

 

 

誤字脱字等があれば、その都度訂正します。

引用箇所について転載等禁止

本日も最後までご覧いただきありがとうございます。