ヌース出版のブログ -33ページ目

ヌース出版のブログ

近刊・新刊・既刊情報等

『ロゴスドン』Webの連載「哲学カフェ」を更新しました。

 

宗教とは個人の幸福と人類繁栄のための必須基盤である

 山下公生(東京都目黒区)


 我が国において宗教を信じる自由は憲法で保障されており、権力が特定の宗教の強要をすることや迫害をすることを禁じている。そこで、宗教団体は茸の如く増え続け、何と20万以上の宗教団体が存立し、その信徒数は2億人を超えている。これは一人が複数の宗教を信じるという、あり得ない現実を示しており、一言でいえば疑似宗教大国といえる。よって、宗教といえば胡散臭いものであると敬遠されている。それは、宗教擬きしか知らないが故の必然的帰結であり、宗教は戦争の原因であるとか、現実から目を反らす麻薬であるなどと不可解な定義をし、本物の宗教の醍醐味を体験することなく、その代用品で陽炎の如き生涯を過ごす。外国では無宗教者は、人生に確固たる価値基準を持たない者と見なされ不信感を持たれている。 
 では本物の宗教とは何かと問えば、歴史の風雪に絶え生き抜いてきた伝統宗教こそ本物の証しといえる。代表的な伝統宗教の信者を世界人口の割合で示せば、全体の7割以上を占め、キリスト教33.4%、イスラム教22.2%、ヒンズー教13.5%、仏教5.7%で、無宗教といえる神仏を否定する無神論者は僅か2.2%に過ぎない。これらの代表的伝統宗教は、相対主義価値観に対峙する絶対主義価値観を保持し、その根拠的存在である神や仏との信仰生活を確立している。 
 人間は地球で食物連鎖の頂点に在るが、それに至り、またそれを支えているのは、科学技術や政治経済理論等の実利的学問に代表される学問総称の進歩とその応用成果の実践によるものである。だが、それは他の生物に対する戦略的効果を示すものであり、人類にとって学問は諸刃の剣であり、その活用如何により人類繁栄の礎となったり、人類の破滅を招く凶器となったりする。たとえば、原子力は、原子力発電に活用すればエネルギーを生み出し経済発展の礎となるが、兵器の原爆になれば人類滅亡の道具となる。つまり、学問そのものは、行使選択能力を備えておらず、その方向性を決断し舵を取るのは、思想や哲学である。しかし、ウィトゲンシュタインは言った。「哲学は語りうるものは明晰に語らなければならないが、語りえないものは沈黙しなければならない」と。この語りえないものとは、カントの言う二律背反に至る形而上の世界を指し、現代風に言えば、科学認識の領域を超えた世界であり、「死後の世界は存在するか否か」とか、「神・仏・霊は存在するか否か」などの命題を意味する。学問の実利成果の行使判断は、形而下の思考領域と形而上の悟りとの相互共有認識により決定され、形而上の世界を担当するのが宗教の役割である。たとえば医療の進歩に伴い、尊厳死や安楽死の是非の問題が発生するが、その最終判断は医療知識とは別のものであり、結論に至るには、医療知識をもとにした哲学と宗教との共有認識が不可欠となる。

 

続きは下記へ

http://www.nu-su.com/cafe.html

 

『ロゴスドン」Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。

 

第32回

〈秦氏と養蚕〉


 秦氏は、日本において、優れた養蚕・機織(絹織)技術をもってその名を馳せた。『日本三代実録』(901年成立)の伝えるところによると、仲哀天皇(生没年不詳、天皇在位192?~200?年)の時代に、秦の始皇帝を祖とする功満王〔こまおう〕(というおそらく百済の者)が日本に「蚕種」をもたらしたという。「蚕種」とは、蚕の卵のことである。『新撰姓氏録』によると、応神天皇14年(283年)に、弓月君が大勢の者たちを連れて日本へやって来て(第30回〈秦氏とは〉参照)、その後、養蚕に従事、絹を朝廷へ献上したという。天皇は、これを大変喜ばれたという。弓月君は融通王とも呼ばれ、功満王の子ともされている。弓月王とともにやってきた絹織技術に特化した「職能集団」が、いわゆる秦氏であった。 
 これまで、この「ハタ」という名称についていくつかの説を紹介してきたが、古代繊維鑑定の第一人者である布目順郎は、他に以下のような面白い説を紹介している。

 

続きは下記へ

http://www.nu-su.com/seimei.html

 

既刊のヌース学術ブックスをオンデマンド版で発行いたしました。

お買い求めいただきやすい価格になりました。

1,800円+税

『生命倫理再考 —南方熊楠と共に—』

(唐澤太輔 著)

ご購入はアマゾンへ

https://www.amazon.co.jp/dp/4902462206

 

<内容紹介>

 ヒトゲノム情報の解読が進み、遺伝子診断などによって将来発症するであろう「病」を事前に知ることが可能になりつつある。近年、受精卵(初期胚)に身体の様々な部分に分化する「基」があることが分り、「ES 細胞(万能細胞)」が作成された。さらに万能細胞の基礎研究は進み、今では受精卵を使用しない万能細胞=「i-ps 細胞」の作成にも成功している。

 「遺伝子診断」「ES 細胞」「i-ps 細胞」……このように、近年における生命科学分野の発展は目覚ましい。今後これらは「高度医療技術」として社会を支えていく基盤の一つとなることは間違いないであろう。

 「生命」は、人間によって操作することが可能な対象となった感がある。生命現象は、「神の領域」における事柄ではなくなってしまったかのように見える。そこへ踏み込んだ我々は、もう後戻りすることはできない。人間はどこまでも進み続けるに違いない。「生命」は、もはや我々人間の手中にあるかのようだ。

 では、本当に我々は「生命」を完全に知ることができるようになったのか。あるいは、今の生命科学の方法によって、いずれ「生命」を完全に捉えることができるようになるのか。――答えは「否」である。

 生命科学は「生命」の各構成部分を観察し、「分析」することを目的とする。しかし、それらがバラバラの状態で示している特性を組み立て直しても、我々は「生命」を完全に理解することは決してできない。端的に言えば、「全体は部分の総和以上のもの」だからだ。その現象の過程や構成要素を分析したところで、「生命そのもの」の意味や、その価値について答えることなどできないのだ。

 我々現代の人間は、「視覚」を重要視し対象を観察する。そして、対象をバラバラに分断し、分析あるいは数値化する。また、これが生命科学の特徴であると共に、最大の問題点でもある。「対象を客観的に合理的に分析して捉える」、そのような方法を絶対視することは、いずれ(今以上に)人間性を無視した医療へとつながるであろう。このような生命科学の在り方を乗り越える方法の模索こそ、我々の最重要課題である。

 現在の生命科学を絶対視することは、危険である。それは「生命」を、生命科学という囲いの中に隔離することになる。「生命」とは何か、あるいは「生命そのもの」とは何かを知りたい――それは我々人間としての欲求でもある。「生命」を知ることは、生命科学の牙城ではない。超高性能な顕微鏡やスーパーコンピュータによってのみ「生命」を知ることができるわけではない。そのような方法以外でも、深く「生命」を知ることは可能なのである。機械には真似のできない、人間による「生命」へのアプローチ方法、これを考えることは、決して生命科学にとって「停滞」でも「後退」でもない。新たな一歩なのである。では、人間による「生命」へのアプローチとは一体何なのか。深く「生命」を知るとはどういうことなのか。

 かつて、それを実践し示してくれた人物が、日本にはいた。南

方熊楠(1867 ~ 1941 年)である。熊楠――「熊(動物)」と「楠(植物)」といういかにもパワフルな名を持つこの人物の残した業績は多岐に渡る。その中でも特に、「粘菌」という不思議な生命体の研究をしたことでよく知られている。日本民俗学の父・柳田國男(1875 ~ 1962 年)をして「日本人の可能性の極限」とまで言わしめた人物でもある。熊楠は、粘菌研究以外にも、民俗学・人類学・説話学などあまりにも多岐に渡る業績を残した。8〜9カ国語を解する語学の天才でもあり、各国の民俗・文化を渉猟し、おびただしい数の論考を書いた。一方、夢や幽霊などにも強い関心を示した。彼による神社合祀反対運動は、日本における「エコロジー」運動の先駆とも言われている。また、本書でもとり上げる「南方曼陀羅」の思想には、非常に興味深いコスモロジーが隠されている。彼は、「生命」を深く考え続けた知の巨人であった。

 筆者は、熊楠による生物に対する観察姿勢・方法に、現代の生命科学を超克するためのヒントが隠されているのではないかと考えている。この稀代の天才の「対象へのアプローチ方法」とはいかなるものであったのか。それを考察することは、我々にさまざまな示唆を与えてくれるはずである。

 熊楠の観察方法とはいかなるものであったのか、「粘菌」研究などを通じて紡ぎ出していった彼の生命観とはいかなるものであったのか、それがどのようにして現在の生命科学の方法の超克となり得るのか。本書の射程はこれらの問いにある。

 

※本書は、2009 年8 月〜 2014 年10 月までweb 雑誌『ロゴスドン』で連載した「生命倫理再考」(月1 回)に若干の加筆修正を施したものである。

(本文「序」より)