『ロゴスドン』Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。
第36回
〈オシラサマと白山姫命〉
昔から、オシラサマを祈ることは、人々にさまざまな御利益をもたらすと信じられてきた。豊蚕はもちろん、穀物等の豊作の他、女性の病の治癒、眼の病にも効くと言われてきた。「眼の病の治癒」に関しては、「オシラ祭文」を唱えるイタコや瞽女が、眼が見えないか弱視の者が多かったことと少なからず関係があると思われる。
古来、馬の餌やり等の仕事は女性によるものだった。女性と馬は、使役者と被使役者という関係を超えた、ある種の愛情にあふれた特別な関係にあったのだと思われる。また、馬と女性はシンボル的に見ても相性がよい。馬の力強さはしばしば男性のメタファーとしても用いられる。古典的な夢判断などでは、女性の夢に出てくる馬は、男性そのものを表象しているなどとも言われる。
「馬娘婚姻譚」で着目すべきは、まず「桑の木」である。そこからは、蚕の食糧となる桑の葉が連想される。馬が殺され吊されたのは、なぜ「桑の木」だったのか。この馬―桑の一見奇妙に思われる連想の背景には、蚕が媒介として存在している。例えば、蚕の背中の紋様は、馬の蹄によく似ているなどと言われることがある。また、蚕が桑の葉を食べる様(頭を高く上げるしぐさ)は、馬と似ているなどとも言われる。さらに、馬小屋の上の部屋は、馬の熱気で暖かく、蚕が元気に桑の葉を食べ、冬をしのぐ場所に適切であったとも考えられている。つまり、蚕と桑の木の関係の深さは言うまでもないが、馬と蚕の間にもこの様に深い関係があるのである。そして蚕は、桑の木と馬との両方に関係しており、両者をつなぐ回路のような役割を果たしているのだ。一見無関係に見える馬と桑の木であるが、実は蚕を媒介としてつながるのである。『馬娘婚姻譚』のみならず、神話や民話においては、このような「つながり」がよく見られる。この「つながり」「回路」を見出すことが、民俗学あるいは人類学の醍醐味なのかもしれない。
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