『ロゴスドン』Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。
第35回
〈馬娘婚姻譚〉
日本において蚕神は「オシラサマ」とも呼ばれている。また二月の初午〔はつうま〕を、この「オシラサマ」の祭日とし、祭日の前の日などは、「オシラマチ」と言い神酒を奉ることを行う地域もあった。ご神体は多くの場合、桑の木で作られる。周知の通り、蚕の重要な食糧となる葉がつく木だ。ご神体には馬の顔が掘られるか墨などで描かれる。オシラサマの顔は馬だが、身体は人間である。また、多くのオシラサマには、布で作った衣を幾重にも重ねて着せられている。
興味深いことは、このオシラサマの起源として語られている説話には、馬が非常に重要な役割を果たしている点である。以下では「馬娘婚姻譚〔ばじょうこんいんたん〕」という説話をもとに「オシラサマ」と馬との関係について、もう少し掘り下げていきたい。
「馬娘婚姻譚」は、もともと中国の『捜神記』や『太古蚕馬記』などに見られた非常に古い説話である。地域によって内容には微妙な差異があるものの、概ね、馬と娘が愛し合い、それを憎んだ父親が馬を殺し、馬と娘が一緒に消え去っていくというストーリーになっている。また多くの場合、馬と娘は消え去った後、蚕に変化することが多い。この話は、日本では主に口承で伝えられてきており、文章として表されたのは(中国に比べれば)それほど古くはないようだ。例えば、江戸時代の儒学者・林羅山(1583~1657年)は『怪談全書』(怪異小説集)において「馬頭娘〔ばとうろう〕」としてその話を紹介している。「馬娘婚姻譚」は文字での伝承より、イタコによって「オシラ祭文〔さいもん〕」(語り物の歌謡)によって全国に広まっていった。イタコは、瞽女(第33回〈養蚕信仰〉参照)同様、先天的もしくは後天的に目が見えないか、弱視の女性の職業であった。また、このイタコは、「裏日本」を中心に、特に青森県を終着地、あるいは出発地として、「白山信仰」を伝播させたとも言われている。
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