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『ロゴスドン』Webの連載小説「甦った三島由紀夫」を更新しました。

 

第52回

中国人留学生C (その二)


 
M それにしても日本を歩く外国人が増えましたね。在住、旅行を問わず、驚異的に増えました。中でも中国人が、かつての日本人の団体旅行が顔負けするほどの一個師団を率いてやって来る。
C そして「爆買い」します(笑)。いや、あれは正直恥ずかしいです。店の人にはたくさん売れて喜んでもらえるかもしれないけれど、一般の日本人には決していい印象を与えないでしょう。
M (笑)しかし、そこに中国人の逞しさが出ている。それが中国人が世界中至る所に広がり、生活している生命力の源なのかもしれない。あなたもこうして日本の大学で頑張っておられる。
C 留学生は中国人だけじゃありませんよ。ここ数年ベトナム人が一番増えたんじゃないですか。ただし彼らは大学へ行くことは少なく、日本語学校で勉強して、専門学校で技術を身につけることを目指しているようです。と言っても個人差があります。真面目な学生もいれば不真面目な、アルバイトの方に力を入れている学生もいます。それは中国人もベトナム人も韓国人も同じです。私の場合、他の国の人よりもむしろ中国人にそういう不届き者を目にすると気分が悪くなります。
M (大笑)「不届き者」とはよく言いました。
C いえ、笑い事じゃないです。例の出産制限された時期に生まれた子どもが、今20歳前後になって留学している者もいます。彼らは「小皇帝」と呼ばれていて、過保護というより傍若無人に育てられましたから、先生に注意されても全くきかない。逆ギレしてくってかかるようなこともあります。

 

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『ロゴスドン』Webの連載「漫画哲学」を更新しました。

 

第98回

『たそがれたかこ』

 
 歳をひとつとるのが、年々早くなっていると感じる。人生という坂道を下るのに、加速度がますばかりだ。考え方とか性格は昔と変わらないのに、歳だけとってしまう。そして、ものの分別がつく大人として、小さい事に悩んだり迷ったり、深く考えたりすることは段々しなくなる。でもふと、立ち止まりたくなる時はないだろうか。本当は、昔から悩んでいたことが、今でも胸の中でくすぶっているのではないか。
 この漫画の主人公は、片岡たかこという45歳のバツイチ女性。耳の遠い、ボケかけた母親と同居している。元夫との間に中学生の娘がいるが、拒食症で不登校だ。たかこは毎日食堂でサラダ等を作るパートに出て、家に帰ってからは母の世話をしている。幼い頃から人付き合いが苦手で、友達もできなかったが、今でもパート先で同僚と馴染めない。家でも職場でも気が抜けない。ストレスからか、母に暴言を吐き、後で自己嫌悪に陥ってしまうこともある。そんな時は、隅田川のほとりで一人酒を飲む。今更、何かが変わることもないだろう。しかし、出会いは突然やってくる。

 

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『ロゴスドン』Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。

 

第35回

〈馬娘婚姻譚〉


 日本において蚕神は「オシラサマ」とも呼ばれている。また二月の初午〔はつうま〕を、この「オシラサマ」の祭日とし、祭日の前の日などは、「オシラマチ」と言い神酒を奉ることを行う地域もあった。ご神体は多くの場合、桑の木で作られる。周知の通り、蚕の重要な食糧となる葉がつく木だ。ご神体には馬の顔が掘られるか墨などで描かれる。オシラサマの顔は馬だが、身体は人間である。また、多くのオシラサマには、布で作った衣を幾重にも重ねて着せられている。 
 興味深いことは、このオシラサマの起源として語られている説話には、馬が非常に重要な役割を果たしている点である。以下では「馬娘婚姻譚〔ばじょうこんいんたん〕」という説話をもとに「オシラサマ」と馬との関係について、もう少し掘り下げていきたい。 
 「馬娘婚姻譚」は、もともと中国の『捜神記』や『太古蚕馬記』などに見られた非常に古い説話である。地域によって内容には微妙な差異があるものの、概ね、馬と娘が愛し合い、それを憎んだ父親が馬を殺し、馬と娘が一緒に消え去っていくというストーリーになっている。また多くの場合、馬と娘は消え去った後、蚕に変化することが多い。この話は、日本では主に口承で伝えられてきており、文章として表されたのは(中国に比べれば)それほど古くはないようだ。例えば、江戸時代の儒学者・林羅山(1583~1657年)は『怪談全書』(怪異小説集)において「馬頭娘〔ばとうろう〕」としてその話を紹介している。「馬娘婚姻譚」は文字での伝承より、イタコによって「オシラ祭文〔さいもん〕」(語り物の歌謡)によって全国に広まっていった。イタコは、瞽女(第33回〈養蚕信仰〉参照)同様、先天的もしくは後天的に目が見えないか、弱視の女性の職業であった。また、このイタコは、「裏日本」を中心に、特に青森県を終着地、あるいは出発地として、「白山信仰」を伝播させたとも言われている。

 

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