『ロゴスドン 第78号』特集・続編その70 | ヌース出版のブログ

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本日、『ロゴスドン』Webの特集を更新しましたので、当ブログでも紹介します。

 

『ロゴスドン 第78号』特集・続編その70

 

日立製作所主任研究員として第一線でOS等の研究をされた後、『デジタル・ナルシス』でサントリー学芸賞を受賞された工学博士で東京大学名誉教授の情報学者・西垣通先生にインタビュー!

 

 

 『ロゴスドン 第75号』の発行は、2008年(平成20年)9月1日でした。この号の特集テーマを「情報学」にしたのは、前号の特集インタビューにおける哲学者・田畑稔先生の「~二つの情報系として人間を理解していく~」というお話があったからです。西垣先生は当時、東京大学大学院情報学環の教授をされていましたので、当研究室でインタビューをさせて頂きました。

 

 

 

 まず最初に、「情報とは本来、生命的な存在である」という小見出しを付けたお話を頂きました。その後は、「第一人称的なところから迫ると、フレーム問題は解消する」「生命体は、オートポイエティック・システムである」「動物は経験的に、自分の中に意味構造をつくっていく」「一神教が普遍論理を生み、コンピュータが出来た」という小見出しを付けたお話が続き、その流れで「ネットを通じた身体性と人格の乖離が起きつつある」という小見出しを付けた次のようなインタビューが展開しました。

                                                  

 

(宮本)『ロゴスドン』第七四号の特集で、哲学者の田畑稔先生が、「サイバー機械としての人間を見て、人間と機械が接近し、その点でも人類史は曲り角にくる」とおっしゃいましたが、西垣先生は、どのようにお考えですか。 

 

(西垣)ご指摘の通り、これまでは、近代の人間モデルというものがあった。人間は普遍論理であらわされる理性を分かち持っている存在だというモデル。デカルトのいった理性ベースの近代人モデルですね。それが近代の価値観を作ってきたわけです。もはや王様や貴族が偉いのでなく、普通の人もそれぞれ理性を持っていて、それぞれに尊重されるべきだというのが近代のモデルです。
 それが今や、ITによって、変化しつつある。つまり、理性って何なのか、という話です。例えば、今、ブログなんてものがありますね。あれは単なる日記ではない。一人が複数の人格、多重人格みたいになれる。男が女になり、女が男になって書くことも出来る。僕が書いた『サイバーペット』(千倉書房)という小説はそういう話なんです。
 多重人格によって主人公が迷路に巻き込まれていって、犯罪をおかしてしまう、という話なんです。今までは、人間というのは、自立した身体と一体になっていて、かけがえのないインディビジュアル(個人)であると考えられていた。個人の心に理性が宿るというわけです。言葉というのも、本来は理性的な言葉であるべきだという理念もあった。それが、インターネットの中で、いわば、いろんな人格をつくり出せるようになった。逆に、何人か一緒になって融合人格みたいなものをつくり上げて、共通のブログを書いたっていいわけですよ。だからいわゆる、神聖なインディビジュアルという神話が崩れつつあるんです。端的に言えば、ITあるいはネットを通じた身体性と人格の乖離というものが起きつつある。これが、今までの近代人モデルというものを解体させつつあるということだと思います。

 

(宮本)無料で、簡単に出来るというのもありますが、ブログをやる人が急速に増えつつありますね。 

 

(西垣)実は、日本は世界一のブログ大国なんですよ。総務省の調査によりますと、アメリカも非常に多いんですが、日本はアメリカを抜いて一位ですね。もう、一千万人を軽く超えていますからね。

 

(宮本)日本で、そんなにブログが流行るというのは、どういう背景が考えられますか。 

 

(西垣)日本人は日記が好きなんですよ。ある意味では、ナルシスが多いとも言えますね。日記というのは、本来、自分で書けばいい。自分で書いて、自分で読んでいればいいわけです。しかし実はそういう自分を他人に見て欲しいわけですよ。誰かに、しかも、こっそりとね。ネットのなかのナルシスだから、デジタル・ナルシスなんです。 私が『デジタル・ナルシス』(岩波書店)という本を書いたのは、もう二〇年ちかく前なんです。発行は一九九一年ですが、八〇年代末から書いていた原稿をまとめた本ですからね。私にはその頃から、今のような状態が薄々見えていました。むろん、まだ、ブログは出ていませんでしたけれど。ブログが出てきたのは、九・一一テロ以降ですからね。 

 

(宮本)ブログによって知らず知らずのうちに身体性と人格の乖離が起きつつあるということを、ブログをやっている本人たちが気づいていないということも恐いですね。

 

(西垣)ブログは必ずしも、いいことばかりではないかもしれない。だけど、単にそれを否定してはいけないと思いますね。 

 

 

 その後は、「生命的な活力を抑圧しないタイプ3コンピュータへ!」という小見出しをつけた非常に興味深いお話が展開していきました。

 

 この特集インタビューの全文は、『学問の英知に学ぶ 第六巻』(ロゴスドン編集部編/ヌース出版発行)の「六十七章 意味作用の情報哲学」に収載してありますので、ぜひ全文を通してお読み頂き、意味作用と人間の為の魅力的な情報社会について考えて頂ければと思います。