春暁の一冊
『銀の匙』 中勘助 岩波文庫
いまさら説明の要もない名作であり、独特の空気感や時間感覚に支配された世界が広がる。
私たちの年齢に入ると(大人になったと自他に認める)、子供時代を回想しても常に結論が付いてくる。
それは、大人社会に出て身につけた価値観や体験観から、子供時代を眺めているに過ぎないからだ。
忘れた、というより鈍くなった、と感じる。
大人でいる事は、時に鈍さを演出する作業でもあり、経験という衣装の重ね着でもある。
そんな時、この『銀の匙を読む。』
そして、薄くぼんやりとした背景の向こうに消えてゆく人影や風景を見いだす。
例えば、恋愛。
その入り口に立った時の感覚、貴重な痛みを忘れてしまう。
忘れた態度が大人なのだ、と自分を納得させるのだ。。
しかし、幼い子供の頃の私とは何か、とその入り口に、痛みを覚えた地平に立


