女性は小町である
能『井筒』山中一馬
ブログネタで男性の『老い』について私見を書き込みました。
では、女性の『老い』は…?
能の作品で『卒塔婆小町』という老女能があります。
曲詳細は省きますが、梗概は『老女にとりついたまま離れぬ青年貴族恋の執念』…舞台の表層だけを眺めると、異質というか奇態ですよ。主人公の婆さんが若い頃に振った青年貴族の執念が、未だに憑いているって…これって、婆さんの思いこみでしょうか?
この老婆が物乞いする様は、人間臭くて能の『幽玄』などとは無縁の体ですが、そこへ突然、青年貴族の執心が憑いてきます。すると…どことなく男性的で若い貴族風へ肉体も変化する。なぜ、二人のそれぞれの過去の執心が、このような姿に表現されるのか…?
そこに女性の『老い』の深さを感じます。若い時代の肉体の記憶が時として精神を支配し、過去の恋慕の情を鮮明にしたりする。
これは能『井筒』の詞章ですが、老いた身でさえも『我ながら懐かしや…』と恋慕する心象を描くシーンがあります。
同様に、この老女の身体も青年の執念を借りて若返ってゆきます。
実は肉体の深層に、少女時代から精神を支配している装置がある…それが女性の根本的に男性より強靱な『老い』であり、ゆえに揺らぎも激しいのだと思います。
何を着ても…
ブログネタ:服を選ぶポイントってなに? 参加中私は着まわし力派
個性に合わせたお洒落を…十年若返る色使い…など、服装に対しての言葉が並びますよね。
あるいは、親子で楽しむ、夫婦の休日スタイルとか。
でもねぇ…そういう楽しみ方やコピーが適当な世代って40代半ばくらいまで、その後の年代は何を着ても同じなんだって私は思います。
そう、やはり老化というものは隠せない。中高年以降の服装については、単純に清潔か汚いかの二つしか残りませんよ。
老い…とは、ある意味で汚いもんだ、と思います。それまでの人生に負った灰汁や垢が見えざるところに塵積もって、山となるわけです。
派手な色を着ようが、ブランドを身につけようが『老い』の前には無力です。
で、どうするか。
だから、清潔に見せるしか手段はない。
例えば、女性なら着物などを着る機会を増やすなど良いと思います。着物は巧みに年齢を支える衣装だと思うからです。
一方、男性は…『老い』は男を精神的な存在、数値に変えてゆきます。
社会組織の構成員、家庭での夫、生物的な男…老いは、男性からこれらを惜しみなく奪ってゆく。
性で眺めても、中高年男性の性犯罪って少なくない、しかも社会的に地位のある人が犯人だったり、それまでのキャリアを失うって、信じがたい。しかし、これって、『老い』に対する怯えなんですよ。老いて汚くなって、不要の存在になるのは男の運命みたいなものです。
だから、清潔感…これだけが我々中年男性に残された唯一つの服装だと思うんです。
それさえ守れば、何着たって自由です。
カラフルでド派手な爺さん…それも悪くないですよねぇ。
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桜を見よう
昨年の3月24日にブログを書き始めて、約一年目となりました。
日頃の自炊ネタや、たわいない趣味や日常の感想を書いたり、仕事と関係する能について触れてみたり…最近、リアルな関係のある知人等にブログを発見されて恐縮しております。…たぶん私の稚拙な内容と文章に苦笑されていると思います。
文章を書くのは好きですが、表現や技法は上手くはないのでご容赦くださいねぇ。
桜が本格的に咲き出しました。桜は私に毎年、何かを知らせてくれる存在です。
しかし、今年は桜からは何も聞こえてこないんですよ。
どうしたのかな。
桜の花は、その枝の中に来年の蕾を準備して咲いて散る、と言います。
その生命の重さも含めて、今年の桜を見ておく、というのを大切にしたいと思います。

