能レクチャー
真夏日から一転して、雨模様。
梅雨入りも近い。
今日の私は、代々木能舞台で主催される『能レクチャー芦刈』の補助。
内容は作品解説は講師として井上愛氏を招き、『芦刈』を演じる能楽師浅見慈一本人による能の解説がある。
本来、舞い手自身が能について語るという行為は、『役者の仕事』ではない…やらないものだ、という考えが主流であった。
しかし、この数年は自身が舞う能を語る能楽師が、大きく影響を左右する流れとなっている。
かって観世寿夫という希代の名優が存在して、『能楽ルネッサンス』という表題を掲げた。
それは時代の要請であったし、能を哲学や構造から思索する作業であって、いわゆる営業活動ではない。
結果として営業的に功績を積み上げたが、その目的ではなかった。
番宣や営業という言葉に嫌悪する方々もある。
だが、今は常に情報が飛び交い瞬時にアクセスされる。
批判はあれ、遅れるという事は取り残される…という事にも繋がる。
能が、個々の能楽師によって語られる…これもまた、時代の要請に答えている…という事なのだ。
撮影の前に。
今日も晴天。
神楽坂矢来能楽堂へ行きます。
本日の公演は『第十一会櫻詠会…百万』
シテ山中一馬。
これは毎回の事ですが、必ず私は能楽堂に一番近い、あるいは通う道すがらにある神仏に公演の無事を祈願しています。
矢来能楽堂ですと、
赤城神社が有名ですが、私が祈願するのは地蔵坂下にある『地蔵様』と『小さな稲荷様』。急ぐときは黙礼の時もあります。
以前、芝居の舞台撮影をしていた時、舞台監督の女性が暗転チェックをした後、舞台に合掌していた後ろ姿をキャットウォークから見て…なるほどな、と思いました。
以来、私も能楽堂では客入り前の時に、舞台と鏡松に合掌して成功と無事を祈ります。
能『百万』の主人公百万は、祈りを込めて舞った功徳で、親子再会を果たしました。
実際の人生では、祈るなど気休めにすぎません。しかし、その気持ちがあって良いと思います。



