女物の袖
今朝も祖母の作った浴衣で寝ている。
今年は寒さ対策として、かなり着込んで寝るようになった。
浴衣は祖母による数十年前の針仕事なのだが、使えるというのはありがたいものだ。
祖母静(しず)が他界して二十年近い。
生前『しずか、って呼ばれるのは嫌だねぇ』…と、たまに時代劇などを見ながら呟いていた。
かの義経の愛人『静御前』と同じ読みなのが、居心地悪かったようだ。
残された浴衣と着物は男物が三着、女物が二着ある。女物の一つは非常に高価な何かを入手したようで出来がよい。これも祖母の手縫いである。
そして、祖母が高身長であったため、私でも着用可能なのだ。
この八重山に袴を合わせると、ちょっとだけ偉そうに見える。戦前の文士先生みたいだ。
問題は女物特有の袖なのだが…下手にいじると汚くなるし、そのまま着てしまおうか…とも思う。
写メは、夏が待ち遠しいので季節外れ。
祖母の手
最近、私は冬の寒さ対策で浴衣を着て寝ている。これは父方の祖母が夫である祖父に縫ったものだ。
昨年、実家の整理をして押入から出てきた。
だから、祖母が縫って数十年以上は経ているはずだ。
出てきた時はカビ臭かったが、洗濯をして匂いは抜けたようだ。
この浴衣を着て、朝方に居間で新聞を読んでいた祖父を、記憶の中に私は淡く覚えている。
既に、一度脳卒中を経験して老人めいた風貌であって、父兄弟に厳しかった面影はなかった。祖父は孫である私が可愛いだけだったと思う。
その可愛い孫が、後に同じ浴衣を着て寝ているとは夢にも思うまい。
しかし、驚くべきは祖母の和裁技術である。和裁に関しては戦前の主婦が得る知識の域を出ていないと思われるが、卓越した針仕事は、さすがに『明治の女』である。
『昭和の小娘達』とは違うのだよ…と内心思っていただろう。
こうやって祖父母の残した浴衣で冬を越す。さびしくなった私の周りにも、すこしだけ暖かみが残っている気配がする。


