HOODのブログ -232ページ目

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今月、かなり更新が少ない。十九回あまりだ。猛暑に過ぎて、さらに疲労したとしても残念な更新回数だ。体調がね…かなり憂鬱な状態で、夏を楽しむ状況になかったのも理由にある。

しかし…だな。


Ψ(ΦωΦ)Ψ
みぃちゃん…再復帰とチーム4への昇格。以下は、間違いなく『峯岸みなみヲタ』しか理解出来ない、いや理解しないかも知れない意見開陳である。


週刊誌の恋愛スキャンダル報道から数時間後、衝撃的に坊主刈り頭となった二十歳あまりの少女『峯岸みなみ』の姿は、まだ記憶に新しい。

しかし、私には一つの推論がある。この一連の行動にある真意とは、まさにアイドルとして記号化された自己存在を自ら取り壊して再構築を意図したものに違いないのだ…と。

恋愛発動を否定したアイドルという形象化(うん○をしない少女)から、恋愛を通じて肉体の具象化を果たしたアイドルへの転身(※少女も、日によってはでかいウン○をする)に成功したという事だ。


それは、秋元氏や運営の指示だろうって?
いや…それでは面白くない。

私は峯岸本人や、数人のスタッフ、同期である一期生に属するメンバー達の『共同謀義』であると睨んでいる。
それはアイドルの既存定義や価値観、あるいは支持するファンやヲタ達に対するクーデターであり、意識改革を求めた行為に違いない。


結果、研究生に降格された峯岸みなみは約半年の期間に若い世代のメンバーと一緒の舞台を研鑽し、チーム4の一群を作り上げた。
峯岸を受け入れた若い研究生にとっては、それは予定調和に過ぎないだろう。
しかし、峯岸の存在により若い彼女達も記号化に縛られなくても済む…(ウン○も安心して行ける)その解放感覚は、まさに革命である。
※有吉AKB共和国で峯岸みなみ自身が言い放つ『日によるわ!』は、実に近年になく爽快な言葉だった。

ここまで書けば、賢明な峯岸ファンはご理解頂けていると思う。

アイドルとして十三歳の頃から『汚れ役』を演じてきた少女
峯岸みなみとは…そう、まさに『改革者』として名乗りを上げたのだ。

そして、次に峯岸みなみの向かう方向とは、肉体化したアイドルをいかにフォローしてゆけるかにある。
ゆえに、私は未だ峯岸みなみから目が離せないでいるのだ。

頑張れ、みぃちゃん。

愛はお金では買えないからさ…再推敲。

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先週、週刊誌をめくっていたら『転売やー』(てんばいやー)なる記事が掲載されていた。

それは、転売目的で中古カメラを仕入れ、ネット市場に出して利ざやを稼ぐ人々の事だ。
中央線中野駅前には有名な中古カメラ屋があるけど、確かに最近は中古カメラやジャンクカメラが妙に再び高くなったように感じていた。
しかも、彼らは数人で構成されたチームであったり、『ネズミ講』のようにお頭様がいて、教えを乞いながら仕入れと転売をしているらしいのだ。


私も中古カメラは好きだが、残念ながら転売には興味はない。軽い修理やメンテも自分で行えるが、それは趣味の領域に留まる。
思えば、カメラ市場に対しての不信感、あるいは業者の高額な修理費や高飛車な客扱い(部品の生産終了の理由により、一方的に修理受け付けを拒否する大手メーカー)など、言い出せばキリがなく、撮影者ならば誰にも一つくらいは経験があるはずだ。

メーカーは典型的な『殿様商売』であり、巷の写真評論家などは『良い写真が撮りたければ高いレンズと機材を揃えましょう…』と臆面もなく言い放つ。
確かに一理はあるが、メーカーの広報を兼ねた彼らに、機材云々は言われたくはない。

添付した機材写真は、初めて依頼を受けて舞台撮影をしたカメラだ。
中古で入手した時から、すでに結構なボロさ加減だったが立派に写真を提供してくれた。今でもスナップ撮影に使っている。


中古カメラの転売に明け暮れる人々には、彼らの目の前にあるカメラが、他人の人生を写してきた証人である事への理解はあるのだろうか。


あるいは、そのカメラで写真を撮ったら自分や誰かの人生が変わるかも知れないのに…ちょっとだけ『夢』とか『愛』を探してみるとか…さ。

『少年H』と父達の世代(戦前の少年達)

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珍しく父からメールが来た。

『映画少年Hを見に行った』…と、どうやら夫婦で映画に行ったらしい。

両親は原作者妹尾河童と同年代であり、戦前戦後をリアルに体験している。

私は同時代に生きた両親から見て、戦後の俳優達が演ずる時代性に違和感がなければ、作品は合格点なのだろうと思っていた。
だから『映画に違和感無かったかな?』と質問してみた。

『時代が上手く描けていた。水谷豊も良かった』と父からの返事。

この妹尾河童著『少年H』には、作品を揶揄する意見や反発もある。内容を批判した書物まであるようだ。
特に『間違いだらけの少年H』を記した山中恒は有名である。
昭和六年生まれ…とあり、昭和五年生まれの父や作者妹尾河童と時代は共有している。

私は、あの時代については経験者同士が記憶から体験感覚を角突き合わせて、意見を交わすのを否定はしない。将来に選択など皆無になった少年達の『時空の相違』は仕方の無い事だ。
その環境によって体験した記憶や答えが違うのも、まさに時代であろう。

山中氏のように軍国少年になる子もいれば、土産に貰った欧米の工業製品に触れて日本の工業に絶望した父みたいな少年もいる。

それぞれに動員や空襲体験も違うだろうし、周囲の大人達からの影響下も強い。

だから、せめて死ぬ前に思う様に意見を交わせ…と言いたい。(何と言う親不孝者か)

しかし、戦後生まれの私達世代が、彼らをネタにして『老人を嘲笑』するとすれば、知識としては貧しい。
むしろ、今の時代性や問題を探ってみる方が建設的であろう。
実は、それが一番に際どい知識パズルになったりするものだ。