HOODのブログ -171ページ目

忘れ草


十日以上、ブログ更新を空けてしまった。

特に変わった事が身辺に起きた訳ではないが、先月の初旬以降に面倒な事が幾つか発生。それが解決すればブログのネタにしよう。

一抹の笑いを誘う、何かの参考にして頂けると思うのだが、
現在の状況では愚痴以下にしかならず、今は書けない。
大袈裟に言えば、生きて行くための楽しみを喪失しつつある…そのショックから抜け出せない。



ひとまずは社会的な参加活動は継続中なので、その点では『私は生きて』いるのだが…。


明日は…どこだ。

新宿・成覚寺


手向けの花・


夏は幽霊も、一つの納涼のアイテムだった。そう言えば、最近はテレビ番組でも幽霊ネタが扱われなくなったように思う。怪談も古典扱いだからね。


例えば、墓地で写真を撮ると何故か病気になる…そういうジンクスが私にはある。

しかし、写真家たるものジンクスごときに撮影を諦めるなど笑止千万だ。

そうやって、やっぱりな…と思ったりする。

だが、ジンクスなど信じてはいない。
単純に病気がちな体質だから、それが人生だ…と開き直る。


とある能楽関連の講演で、幽霊と我々との関係を『和解』である、と説明してくれた文学者がいた。
生きているゆえの悲しみ、死した者への償い、その和解なのだろうか。


新宿区・成覚寺。
賑やかな繁華街が続く新宿区、その街中にある寺院には遊女達を弔った史跡がある。
そこは新宿二丁目(ある意味で特殊な場所の代名詞)の繁華街裏にあって、寺内はひっそりとした空間で悲しい末路の人々の魂を鎮めている。

以前から訪ねてみたいと願った場所の一つであった。

客と心中した遊女とか、事件に巻き込まれて死んだ遊女の名前を刻んだ碑と地蔵がある。弱者への社会保障など少なかった時代の悲しみを感じながら、墓地から二丁目街を眺めた。

墓地に手向けられて萎れた花、草蒸した石碑の周囲。遊女達が眺めた新宿は、ここにはない。

こういうシーンを撮るとき、絵にしようと思ってはいけないんだろう…そう自省しながら、構図を考えてしまう私がいる。

イビチャ・オシム


W杯ブラジル大会、私が優勝予想に立てたアメリカ、メキシコは決勝トーナメントで敗退。

それでもアメリカの試合内容は悪くなかった。いずれは優勝を争うチームを作り出すに違いない。


早くも日本は次期監督候補への名前が上がる。しかし、誰が監督に来ても、問題は選手だ。選手全体の向上なんだろうけど、十年後くらいを目標にしてチーム育成するのが良策と思う。

しかし、メディアや広告産業との商業宣伝が絡む以上、育成を目的だけで次の大会に臨むのは困難だ。

というわけで…この人。

イビチャ・オシム監督。
サッカー絡みで、コーヒー缶に歴代監督の言葉。
『まず目標をさだめること。それはサッカーでも人生でも同じだ』


問題は中年を過ぎた私には、今後も人生の目的など持ち得るのか…という事。
人生の目的、それが、なかなかに困難である。