カウラナ・カ・ハレ・クラ・オ・ハワイ・フラ・アカデミー ブログ -37ページ目

MARIKO マウイ留学時代-その2

私が通っていたLahainaluna Highschoolはマウイ島のラハイナというホノルルの前にハワイの首都だった町にあります。

とても長い歴史があり、公立高校でありながらとてもユニークで、ハワイの文化を大切にしていて、地元の人達からも愛され、みんなの誇りである学校です。

Lahainalunaはハワイ全土で一番古い学校で、1831年にミッションスクールとして設立されました。校内にはハワイで初めての印刷所もあります。
ここではハワイ語で書かれた初めての新聞などが印刷されていました。

Lahainalunaはアメリカの公立高校では非常に珍しく、他島や他のミクロネシアの国からの生徒を受け入れるための寮があることで有名です。
寮生達は無料で寮に住まわせてもらう代わり週に18時間キャンパスの掃除など色々な仕事をします。

もうひとつ有名なのは、唯一校歌がハワイ語である高校だということです。
生徒や卒業生はみんなこの事を誇りにしていて、毎年学年対抗でコンテストをしたりもします。
Keali'i Reichelはこの学校の卒業生で、アルバムにも入っているLahainalunaという歌はもともとこの学校の校歌です。

キャンパスは山の中腹にあり、たくさんの自然に囲まれています。プルメリアやマンゴーの木はもちろん、池や小川、今も農業の授業があるので畑もありますし、タロイモ畑もあります。一昔前までは養鶏場や牧場もあったそうです。

クィーンリリウオカラニが100年以上前に植えた椰子の木もあるそうです。
私が学校に通っていた頃はハワイ州の鳥であるNene birdが5羽住み着いていたことで話題になっていました。
この鳥は絶滅寸前で一時はハワイ全土で30羽にまで減ったこともあり、追いかけたりいたずらしたりしないようにと生徒達は良く注意されました。

授業もバリエーションに富み、農業、コアの木で家具などを作ったりするウッドショップ、自動車整備、ツーリズムなどの職業系からハワイ語までさまざまな授業がありました。

私はこの高校の日本語の先生の家にステイさせてもらっていました。観光関係の仕事につく人が多いので日本語もとてもポピュラーな授業です。
ハワイ語は残念ながらほとんど何も身に付きませんでしたが…持ち寄りパーティーばかりしていた記憶があります…

部活はアメフト・チアリーディングが花形なのはアメリカ本土と一緒なイメージです。
他にはバレーボール、水泳、バスケなどに加えハワイらしいサーフィン部、ハワイアナクラブなどがありました。
私もせっかくハワイに来たのだからとハワイアナクラブに入りました。ハワイアナクラブの主な活動はDavid Maloという第一期卒業生であるハワイの有名な歴史学者にちなんで模様されるDavid Malo Day Ho'olauleaという大きなイベントでのパフォーマンスで、他にはクリスマスや他の集会などで踊ったり、ファンドレイザーのためにハワイアンフードを作ったりレイを作ったりなどしました。

何をとっても本当にとても貴重で、かけがえのない体験をさせてもらったなぁと今でも感慨深いです。
背中を押し、こころよく送り出してくれた家族や、1年間面倒を見てくれたAunty Pat、引っ込み思案な私を受け入れ仲間にしてくれた友達みんなには、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。