22日の金曜日、TV番組「やりすぎ都市伝説」を見ていました。
その中で、気になった神社がありました。
茨木県日立市にある大甕(おおみか)神社でした。
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第一話(鹿島、香取神宮の配置が示す七夕と、争いの歴史
●大甕(おおみか)神社とは
***祭神について
●鹿島、香取神宮の配置が示す七夕
***鹿島神宮が北を向く訳
***大甕の「甕」の意味と繋がり
***香取神宮の名前を読み解く
***結界石と不思議な呪文
第ニ話 (大甕神社と天台密教)
●天台密教に潜む北の星
***東山道と、天台密教
***猿の信仰と善光寺と、北の星
第三話 (北辰信仰と複雑に繋がる寺々)
●慈覚大師が造った絶妙な繋がり
***浅草・神田に見られる北辰信仰と七夕信仰
***2020年に堕ちた火球が表す、大甕の星の神
●龍と鳳凰の戸帳が示すもの
***将門の北斗七星の柄杓の水を掛ける先は何処?
●善光寺の有名なフレーズも星の神を表している?
第四話 (大甕神社の巨大な石の伝説)
●石に閉じ込められた、鉄の一族
***二つに割れた大きな石伝説と八咫烏
***一子相伝の舞「抜頭」と、宿魂石と、結界石との繋がり
●神大根王と、ヤマトタケルの死と、大甕神社の伝説
●石にされた星の神とメドゥーサ
第五話(大甕神社の大祭を紐解く)
●三猿と鉄で繋がる庚申塔
●大甕神社の6年毎の大祭と神大根王
***八角形の神輿と日光
●香取神宮と、鹿島神宮の灯篭のデザイン
第六話(????で総てが繋がる)
●有り得ない繋がり
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第一話
この番組を見ていて気になったのは、ここのところ紐解いて来た日光の神と神との戦いの伝説に繋がったからです。
番組では、この神社の由緒について語られていましたが、ディープな部分までは踏み込んではいませんでした。
前回の記事では、その戦いの二荒山のヘビを「弁財天信仰」グループと位置付けました。
この神社の祭神と重なり、争いである由緒が繋がるのです。
だから私の不思議な流れの中にあるのではと思ったのです。
今回はとても長い記事になります。
既に書き上がっているのですが、読み手の方が疲れてしまうと思い、分けてアップして行きます。
長くなったのは、推理小説の様に、沢山の不思議な謎が絡み合っているからで、それを知って頂かないと、理解して頂けない話なのです。
一番最後まで読まれた時、そこで書く不思議な一致が、皆さんも不思議な世界へ導くことでしょう。
今日は、前回の続きで因幡の白兎を取り扱うつもりでいましたが、その紐解きの核になる部分をこの神社からも感じたのです。
【大甕(おおみか)神社とは】
まずは、大甕神社について書いて行きます。
***祭神について
この神社は、鹿島と、香取神社を負かした神を祀っています。
それは、鹿島と、香取の神に反抗し、従わなかった星の神がこの地にいました。
天は、倭文神建葉槌命(しずりかみたけはつちのみこと)を遣わし押さえ込み、従えさせました。
従属させられた神の名は、甕星香香背男神(みかぼしかがせおのかみ)と言う星の神で、本殿裏にある大甕山がご神体とされていましたが、境内の宿魂石へ遷座されました。
その魂を石に閉じ込めたと言われます。
【鹿島、香取神宮の配置が示す七夕】
祭神は二柱。
倭文神建葉槌命→織物の神
甕星香香背男神→星の神
です。
勝った神と、負けた神になります。
前の記事で、織物の神との争いを書いた時には、大甕神社の祭神については知りませんでした。
紐解いて来た事が、いつものように間髪を入れずに現れます。
今日は、この神社に関わるものを一つずつ幅広く繋げて行こうと思います。
まずは、鹿島神宮から大甕神社を見て行きます。
***鹿島神宮が北を向く訳
鹿島神宮が北を向いているのは、その北にある封印した大甕の神に、睨みをきかしているからだとされます。
祭神は、織物の神と、星の神であるから、織姫と彦星とも言われていて、七夕ですね。
そうすると、星の神は男神であるから牽牛星という事になります。
大甕の神との争いを七夕に掛け合わせたのでしょう。
七夕の行事は、昔、お盆の行事でした。
お盆は、先祖の魂が戻って来る日。
この場所より北は、死者の国と位置付けられている事も、七夕信仰が関係しているのでしょう。
七夕信仰は、三途の川を天の川に重ね合わせているように思うのです。
***大甕の「甕」の意味と繋がり
大甕神社の「甕」とは、「カメ(瓶)」の意味です。
この周辺には、古墳が点在し、大きな瓶が出土していて、大阪の陶邑(すえむら)の窯産の大瓶が出土されています。
この陶邑を明日香村の紐解きで、「伊香氏族」と繋げて来ました。
星の神の名前の「香」が結びつきます。
この地域の古墳は、4世紀頃から造られたとされ、日本の統治形態が形成される時代で、争いの歴史でもあったと思われます。
それなのに、4世紀の歴史は消されているかのように空白なのです。
甕(かめ)は、前方後円墳を表していると言われ、不老不死の東方瑠璃光浄土であり、神仙思想では、東王夫が住む瓶の形をする蓬莱山のような大瓶の島を意味に持つものと考えられ、浦嶋太郎と乙姫が向った場所なのです。
大甕神社が持つ意味は、恐らく、不老不死の世界への入り口であると思われるのです。
***香取神宮の名前を読み解く
鹿島神宮が、大甕神社の星の神に睨みを利かせてあるのであれば、対の香取神宮にも、意味を持たせたと考えます。
鹿島神宮の北の対岸にあるのが、香取神宮であるのも、利根川を天の川と掛け合わせているものと思われ、「香取」の名前からも、二つの「香」を持つ星の神、「香香背男」の「一部(香)の勢力を取った」と考えられ、大甕の星の神との繋がりを意味しているように思うのです。
日光戦場ヶ原の対立する赤城山と、二荒山に、大黒様が共に祀られていることも、そう思わせるのです。
これは、伊香氏の地・伊賀を神武天皇の東征で忍坂兄弟の弟が神武側に寝返った事と同じような感じを受けるのです。
七夕信仰を如実に表しているのが、大甕神社の不思議な石です。
***結界石と不思議な呪文
大甕神社には、不思議な行いをする「結界石」と言うものがあり、
この石より北は、穢れ多き地とされ、結界を設けてあるのです。
その石には、沢山のお札が張り付けられていて、こう書かれています。
波留部由良由良波留部(はるべゆらゆらはるべ)
布留部由良由良布留部(ふるべゆらゆらふるべ)
これは、死者を蘇らせる呪文とされ、この呪文を唱えながら、この石の穴をくぐる事により、穢れを跳ねのける事ができ、浄化された体になるのです。
この結界石より北の穢れの地、阿武隈地区に入るには必要なのです。
北が、死者の世界につながるとされるのも、この考え方から来ているのかもしれませんね。
第二話へ続く