片側顔面痙攣の治療 | ある脳外科医のぼやき

ある脳外科医のぼやき

脳や脳外科にまつわる話や、内側から見た日本の医療の現状をぼやきます。独断と偏見に満ちているかもしれませんが、病院に通っている人、これから医療の世界に入る人、ここに書いてある知識が多少なりと参考になればと思います。
*旧題「ある脳外科医のダークなぼやき」

前回は片側顔面痙攣とその原因について書きました。


今回はその治療について書こうと思います。


最初に、まずは薬が試されることが多いです。

薬はてんかんに対して使われる抗てんかん薬の類や、

あとは精神安定剤などが試されます。


しかし、片側顔面痙攣に対してはそう効果がないことが多いです。


そうすると次に行われるのが、

ボトックス治療です。


ボトックスとは筋肉を麻痺させる効果のあるボツリヌス菌毒素を用いて、

痙攣を止めてしまうという治療法です。


顔のしわ取りなどでも使われていて、

美容の世界でも有名な薬ですね。


これを使うと効果は3-4ヶ月は続きます。


しかし、

根本的な治療ではないため、この期間が過ぎるとまた痙攣が起こります。


薬もボトックスもいずれも対症療法で、

根本的な治療法ではないのです。


根本的な治療法はというと、

皆さんの想像の通り、手術になります。


血管が神経を押しているのだから、

その血管を移動させてしまえば良い、という発想で生まれた手術です。


これを「微小血管減圧術」といい、始めにこの手術を始めた脳外科医の名がついて、

Jannettaの手術とも呼ばれています。


この手術、

治癒率はなんと8,9割とかなり効果の高い治療法です。


具体的には顔面神経の脳幹からの出口の部分を圧迫している血管を動かすために、

テフロンと言う人工血管などに使われる素材を用いて、血管を脳幹から浮かします。


イメージとしては、

血管と脳幹の間にこの素材の玉を挟むことで血管を浮かし、神経の出口と当たらなくする感じです。


わずかに1,2ミリ血管を浮かすだけで神経は減圧され、血管の影響を受けなくなるのです。


ただ、こう聞くといとも簡単のように思えるこの手術、

実はそう気楽な物ではありません。


考えてもみてください。

脳幹というのは生命維持の根幹に関わり、

脳から脊髄への神経線維が全て通る、人体の中でも最も重要な部位です。


そして脳幹からは今回の顔面神経に加えて、他にも聴神経、舌咽神経、迷走神経、副神経、舌下神経などの重要な脳神経の出口が狭い範囲に密集しています。


事実、この微小血管減圧術を行う時の視野にはこれらの神経が全て見えてしまうほどです。


これらの神経を損傷すれば聴力の障害や嚥下の障害など、

重い後遺症を残してしまいます。


そして動かさなければいけない血管も脳幹や小脳などを栄養する極めて重要な血管です。

極細の枝がすだれのように脳幹に向かって出ている部位の近くを操作しなければいけないこともあります。


これらの血管を引きちぎらないようにうまいこと本幹の血管を動かすというのはなかなか、

肝の冷える場合があるのです。


こういった血管の損傷があったり、

脳幹の障害を起こしてしまうとそれはもう命に関わりますから、


少し間違えば極めて重篤な障害を起こしうる手術なのです。


ただ、もちろん、そういった致命的な合併症は熟練の脳外科医が手術をする限りはまず起こりません。

むしろ、一番起こりやすい合併症はなにかというと、


聴力障害です。


この手術、頭蓋骨にあける穴は極めて小さく、500円玉程度の大きさの穴をピンポイントに開ければ手術することが出来ます。


ピンポイントでどこに穴を開けるか?ということに関しては経験と知識が必要ですが、

それだけの狭い範囲から、少し小脳を脳べらで引っ張って視野を確保して行う手術です。


問題は、

この「脳べらで視野を確保」という点にあります。


手術でメインに操作しなければいけないのは顔面神経の出口ですが、

ここは舌咽神経などの下位脳神経の出口に極めて近い部分で、そこを見るように小脳を少しひっぱると、


どうしても同時に聴神経の出口の付近にもテンションがかかってしまいます。


これによって聴神経が伸ばされることが原因なのか、

もしくは聴神経の神経核のある部位の脳幹が圧迫されることが原因なのか、


はっきりとした理由は分かりませんが、聴力が障害されることがあります。


術中の聴力の具合を見る検査に、

聴性脳幹反応(ABR)という検査がありますが、脳べらをかけるとみるみるこの結果が悪化していくことがあります。


こういったことをしっかり認識しつつ、

聴力を守りながら手術を行えばまず聴力低下は回避することができますが、


中にはこの手術のあとに耳が聞こえにくくなってしまったという方もいるでしょう。


よく、

「5cm程度皮膚を切って、頭蓋骨には500円玉程度の穴を開けるだけで治療できます」


というように傷の小ささが強調されることもある手術ですが、

実は手術する部位は脳の最も深部の一つであり、万が一のリスクのある手術です。


そもそも顔面痙攣自体は生活を害することはあっても命には関わらない病気なので、

その手術が命に関わるリスクがあるという事実は、手術を行う脳外科医にとってはプレッシャーなのです。


手術時間も短く、やること自体はそれほど難しい訳ではないにしても、

やはり危険を伴い、気楽な手術ではないのがこの「微小血管減圧術」と言えます。


そういったリスクがあっても尚、顔面痙攣を止めたい!、という方に対して行われる手術なのです。







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