よしえさんは、いつも部屋のすみっこにいました
震災後、東北ではじめて開催した絵本教室に
参加してくれたよしえさん
緊張しているのか
ちょっと固い表情で、みんなの様子を
うかがっているようでした
絵本のワークにも
おっかなびっくりといった風で
「私にできるかしら」
「合ってないかもしれないですが・・・」
と、かならずひとこと加えてから話し始めます
きっと
間違っていたらどうしよう
自分の考えを話すと、笑われるかもしれない
他の人みたいにうまく言えない
と、自信の無さと恥ずかしさでいっぱいだったのでしょう
ある回の終了後
皆で部屋を片付けていると
「先生、私びっくりしました」と
珍しくよしえさんから話しかけてくれました
「私、もう2度と笑うことはないと思っていたんです」
え? でもさっき楽しそうにしていたようだけど・・・
「そしたら、笑ってたんですよ」
はい? どうお返事したらよいのかしら
でも、よしえさんの表情は真剣そのものでした
「私、まだ笑えるんだ・・・驚いた~」
独り言のようにつぶやきながら帰っていきました
当時、看護師をしていたよしえさんは
その後骨折してしばらく片腕が使えなくなりました
不自由な生活になったはずなのに
よしえさんの表情がだんだん和らいでいきます
大変だね、と声をかけると
「先生、私ね、学んだことがあるの
もう自分ではどうしようもないことになったから
周りの人に甘えたり、お願いすることが、ちょっとだけ
できるようになったんです」
ああ、よしえさんは随分一人で頑張ってきたんだな
頑張りすぎるくらい肩に力を入れて、入れ過ぎて…
つらかったんだろうな、きっと
それから、お仕事を辞めて自分と向き合う時間を
過ごすようになりました
絵本「よっちゃんのたからもの」は
そんなある日、突然よしえさんが思い出したことから
生まれました
「先生、私すっかり忘れていたことを急に思い出したの
どうしても、これを絵本にしたいんだけど、いいですか」
絵コンテという、絵本制作のための大事な設計図のような
ものを見せてくれました
これは・・・
その時、クラスメイトだった
こむろっちさん(絵本「石ころ」の作者)が
読みながらとんでもないことになりました
メガネの中に、どんどんと涙がたまっていって
洪水のようになっています
(初めて見た光景・・・)
よしえさんと私は無言のまま
こむろっちさんが大きな身体をふるわせて
静かに泣いている姿をただ見ていました
それほど、よしえさんの物語は衝撃的でした
こんな事を、すっかり忘れていたと笑顔で語る
よしえさん
もしかしたら、この記憶が鮮明なままだと
これまで生きてこれなかったのかもしれません
福島の仮設集会所で絵本ワークしていた時
身内を十数名亡くされた初老の男性は
ささやかなエピソードや
壊滅してしまった村人の名前を全て
鮮明に覚えている方でした
「何でも全部はっきり覚えていることは
時に本当につらい・・・」
と絞り出すようにおっしゃっていましたっけ
そうして、「絵が苦手で描けない」と
教室で毎回嘆いていたよしえさんは
人物といえば棒人間しか描かず
この人は、どちらを向いているのかしらと尋ねると
「後ろ向きです」
と、必ずこたえていたのですが
「先生、なんだか急に絵が描けました! なぜでしょう
楽しくて、どんどん浮かんできて、どんどん描けるんです」
ある日、鮮やかな色使いの原画を見せてくれました
一瞬、誰か他の人に描いてもらったの? と疑ってしまうほど
棒人間とのギャップが大き過ぎましたが
わたしはあまり驚きませんでした
以前、東京クラスでも同じことが起きていたからです
大人になるほど
絵が苦手
うまく描けない
思い描いたことが絵にできない
と自分自身におまじないをかけている方がとても多くて
「絵本教室には、絵を描く力は全くいりません」
といくらお伝えしても、こびりついた思い込みは
なかなか離れていってくれないようです
教室で、ごく自然に自分と向き合い
他者の言葉や記憶に触れ合ったりしているうちに
かつて自由に自分の感性と身体が連動していたことを
思い出すのだろう、と私は思っています
ある時突然、自分が描きたい絵が表現できる
喜びは、なにものにも代えがたいようで
よしえさんの表情がどんどん活き活きとして
瞳が輝いていったのをよく覚えています
絵本「よっちゃんのたからもの」
良かったら読み語りをご覧ください
↓
よしえさんは、この絵本を創ってからも
しばらく自分で読み語ることができませんでした
涙がとまらなくなって、声がつまってしまうのです
代わりに私が読むのですが、イベント会場などで
聴いてくださった方が、よしえさんが作者だと知ると
駆け寄ってお話している姿を何度も目にしました
今では、皆の前で堂々と読み語りしている
よしえさん
絵本で作る場の良さを誰よりも知っています
絵本「よっちゃんのたからもの」が
そのままよしえさんのたからものに
なったのですね
