それでも4時20分に起きることができたし
薬も飲んだし(葛根湯)
万事良好じゃ。
おはよう、新年度のわたし。
おはよう、新年度のみなさん。
口角上げていきましょう。
変わる自分を楽しみにしていきましょう。
それでも4時20分に起きることができたし
薬も飲んだし(葛根湯)
万事良好じゃ。
おはよう、新年度のわたし。
おはよう、新年度のみなさん。
口角上げていきましょう。
変わる自分を楽しみにしていきましょう。
以下、これらはウソではない。
① 去年までの上司が私の昇進を祝う電話をくれた。
② 退職していく人に自分なりのコトバで感謝の気持ちをあらわすことができた。
③ 息子がママ、だあいすきだよ、といった。
④ 息子がお月様かくれんぼしてるといった。
⑤ 娘がぐずる息子を「○姫にまかせて」と自らフォロー役を買って出た。
⑥ 娘の通信簿、B1個以外全部Aだった。
⑦ ご褒美に買ったwii fit、 娘が楽しそうに遊んでる。
⑧ 前述の元上司が私のことを「のど田さんは芯の強い女性」といった。
⑨ 娘が甘えてくるのを抱きしめてやれる自分が定着した。
今、右側の後頭部と首が痛いし、
昇進したといってもマイナス地点であるのには変わらないし
今後の葛藤を思うとどうしていいかわからなくなるが
それにフォーカスしないことにする。
掃除、洗濯、ゴミ捨て(2袋)、保険関係と保育園関係の書類、ネイルまでいかなくとも甘皮の処理などなど
気分を変えられたので、せっかくの早帰り、やっつけちゃおう。
⑩ ダンナが病院の待ち時間に(!)ネックレスを買ってプレゼントしてくれた。
ダンナのことで喜ぶのを禁じてるような自分、何故?。
この前の週末は夫婦でケンカ。
理由はいつもそうだが“他愛もないこと”。
でかけてやるう!!と思い、二階に服を取りに行き
何故かそのまま布ものの整理(以下、布試合)を始めた。
主にしたのは捨て捨て♪
ここにある衣類全部買いなおしたって
これからでかけて何となく使ってくるお金の2倍、って思ったら勢いがついちゃったわん。
そうしているうちに
気持ちがドンドン明るくなっていくのを実感したのね。
気付いたこと。
過去誰かによくしていただいたことを思い出させるものを捨てるのが
あたしにはいいみたい。
執着しやすいところがあるとは常日頃感じてるのでなおさらなのかも。
あのときの彼女(彼)と今の彼らは違うし
何より今のあたしが違うんだもの。
(年賀状と電話の登録リスト、ブログのお気に入りも今度捨てようかなあ。)
つけたし。
捨て捨て以外で行った布試合♪の主なものは
バラバラになった靴下を合わせる、でした(←しょーちょーてきぃ~)。
諸処の医者通い。
結果として
初期設定が低くなったといことは
それだけ成長のよろこびが増えてよかった。
成長のよろこびが増えるというのは
親としてのよろこびが増えたということなので
それもよかった。
そして
初期設定を低めにするということの効用を体得したので
自分にも応用できてよかった。
そうしたら
ダンナにも設定できてこれまたよかった。
おしまい。
ゆうとうせい○姫はどこ???
いいや、あなたはわが道を行きなさい、だいじょうぶだから。
今の自分の状況をどう捉えるか。
過去と向き合った約10年間を経て
やっとプラマイゼロ地点に立ってると捉えることにする。
つまりは
過去に焦点を置きすぎた。
母になるのが怖かったのだと今にして思う。
もっと辛い体験をしているのに成功している人の存在も知りつつ敢えて言葉にするが
真の意味でサポートする人がいない幼少期から考えて
よく自分を育てたと思う。
こう思えるようになったのは
娘や息子の今の状況と比較するようになってから。
そして与えているのはまさに私なのだ。
私がいるような状況を難なくこなして次のステップにつなげている人もいるが
よくやってきたと思う。
長い葛藤の時期をそのまま進んでいたら
周囲の人間を不幸にしていたろう。
息切れしやすい状態はこれからもあるだろうが
少しづつ改善されるだろう。
こどもと、そこを透過するそれまでの自分と向き合うことに重点をちょっぴり置き過ぎた10年間。
評価されていない、評価が低い、
とは設定しないことにする。
(他人が言うことは他人が言うこと)
これからの毎年の春分の日、
以上のことを思おう。
今思う。
以下、直球ですこし恥ずかしいようなことを記してみる。
いいご縁が欲しい。
(って異性じゃなくて。)
これまで思い返せば
決してオープンマインドではなかったなあ。
(もちろん、そうやって自分を守ってきたのもあるし。)
風水もやってみよう。
執着しやすい私には、行動で思いを表すのはいいことだと思う。
私もいいご縁と思ってもらえるような存在でありたい。
「去るものは追わず、来るものは選んで(某会長)」
やはり
昨今の出来事に思いやりを忘れてはいけない。
今度のことで
彼が思っていた以上に
周りから排除されようとしているのがわかった。
わたしはどうすべきか。
過度
ではなく適度な思いやりを持って行動する、それのみ。
この数年
ああいった息子がわたしのもとにやってきて
こういったダンナの状態があって
そして彼の下に配属されてこういった出来事が起きた。
そうだ、どう行動しようか、でなく
これらのことを
必然と思えるようになるレッスンということなのだ。