ルリ子の身に何かが起こっているとも知らず、いつも通り鍼灸院で治療を受ける雅喜。
そこへ、クルミの声を押し切って三枝さんが訪れる。
百瀬:三枝さん!
三枝:君の診察券を見てね・・
雅喜:・・若けりゃ男の身体にも興味あるんですか
三枝:君の言った通りルリ子の部屋を訪ねたよ
雅喜:すぐなびくと思ったらだめです。じっくり俺への怒りや愚痴を聞いてからって
三枝:・・救急車で病院に運ばれた
雅喜:えっ・・
三枝:もちろん見つけた私も一緒に付き添ったがね
百瀬:彼女に、何が・・
三枝:・・・バスルームで、自傷した
雅喜:まさか・・
三枝:想定外かい?・・そうだね、それを言うなら私もそうだ。ルリ子がそこまで君に思い入れがあると、思ってもいなかったからね
クルミ:その女バカじゃね?
百瀬:また、よさないか!
クルミ:思い入れもクソもないって話だって。そういう女っていたよ、あたしの周りに。死ぬつもりなんてないんだよ。未遂なんて笑えるし。実際死のうとしたら確実に人は死ねるしね。ようは他人の同情を買おうとしてるだーけ。
三枝:彼女はそういう女じゃない!!
クルミ:何、年寄りのおこぼれ?マジきもいし
雅喜:彼女はそういう女じゃない。
百瀬:私もお会いしたが、そういう風には思えない
クルミ:ふーん、人気あるね。よっぽどの美人なんだ?ははっ
百瀬:君、とにかくお見舞いに
雅喜:ええ。でも・・
クルミ:ほら、結局そのためのパフォーマンスじゃん。結局誰かが連絡付けて、あんたが来てくれるって
雅喜:どこの病院ですか?
三枝:・・いつの話だと思ってるんだい。先週だ。縫合も終えて、彼女は家で安静にしている
雅喜:・・・・・・
三枝:私はもう少し入院して、専門の臨床心理士にも見てもらった方がいい。そうすすめたんだが・・
クルミ:そんなの意味ないって。あんたが顔出したらごめんねーなんて涙ぐんで、はいっ!元通り、ケロロ軍曹なんだから
雅喜:うるさい!!!
雅喜:・・黙ってろ、
クルミ:あんたと同じ事言ってんだよ!!
百瀬:クルミくん!!戻りなさい!!
クルミ:チッ
三枝:確かに・・彼女の言うことにも一理あるな。束の間ルリちゃんは元気になるだろうが・・君がまたいなくなれば同じ事だ
雅喜:また・・死のうとする・・
三枝:いや、・・彼女は死のうとしたんじゃないと言った
百瀬:え?
雅喜:それじゃ、クルミの言う通り・・パフォーマンスってことですか?
三枝:消える、
雅喜:え?
三枝:・・・消えるってどういうことかな、って・・
雅喜:・・・・・・
鍼灸院を後にし、ルリ子の家を訪れた雅喜。
チャイムを鳴らしても出ないため何も言わずに部屋に入ると、寝室でただ一点を見つめて座っているルリ子の姿があった。左腕には痛々しく包帯が巻かれている。
雅喜:三枝さんと、ほら・・例の百瀬さん、鍼灸院でお会いして・・
ルリ子:・・雅喜・・?
雅喜:・・え?あぁ。
ルリ子:そこにいるの・・
雅喜:・・ルリ、子
ルリ子:声は聞こえるけど・・姿は見えないよ?
雅喜:・・・・・・
ルリ子:だって君は・・消えちゃった人だから
雅喜:・・・・・・
ルリ子:・・失恋のショックで、こんな事したと思った?
雅喜:いや・・
ルリ子:そう。私感情の起伏は激しいけど、そういうキャラじゃないの。
雅喜:あぁ。だから驚いた
ルリ子:・・・お姉ちゃんの話はしたよね?
雅喜:あぁ。二度、離婚したんだっけね
ルリ子:自殺したの
雅喜:え?
ルリ子:・・元々そんなに仲良くはなかったけど、やっぱりショックで・・親なんか今でもツラそうにしてる。自慢の姉だったから・・
雅喜:そう・・
ルリ子:だから・・やっぱり残された人の事を考えると、自殺って絶対よくない。私のシステムにはそう組み込まれてる
雅喜:うん・・
ルリ子:・・ただ・・・理由がわからなかったから・・
雅喜:俺が姿を消す理由が・・?
ルリ子:そう・・だから事務所まで行ったけど、やっぱり他の人も知らないみたいで・・
雅喜:うん・・
ルリ子:・・イタイ子とか言われちゃった・・・捨てられたのに認めない、しつこい子・・
ルリ子:だけど私は・・捨てられたとは思ってない・・・うん、今でも全然思ってない・・・それは私の思い込みだけじゃなく、あなたはあなたで・・ヒント、くれてたでしょ?
雅喜:意味・・知ってたんだ・・
ルリ子:もらってからネットで調べたの。雅喜はキザだから・・隠しアイテムに違いないって
雅喜:・・俺、キザかな?
ルリ子:・・・“変わらぬ思い”
雅喜:・・・・・・
ルリ子:だとすると全く意味がわからない。本当はあっくんと一緒で、結婚してて子供がいるんじゃないの?
雅喜:そんな所帯臭く見えるかよ
ルリ子:もしかして、すごい借金とかあって逃げなきゃいけない
雅喜:別れさせ屋って、意外とギャラいいんだぜ?
ルリ子:・・実家に住んでて、親とうまくいってない・・
雅喜:・・親とうまくいってないのは・・ほんとだ
ルリ子:・・・どこに住んでるの・・?
雅喜:・・ネットカフェ・・
ルリ子:そんな事だと思った。
雅喜:・・え?
ルリ子:あなたはうちにいる時も、明け方私のバイト終わりまで寝ないで待っててくれたから
雅喜:それは・・
ルリ子:夜・・一人になると眠れないのね
雅喜:・・・・・・
ルリ子:怖いから。・・・・違う?私の単なる妄想?
雅喜:・・・・・・
ルリ子:・・・・・・消えるってどういう事か・・・・・いっぱいいっぱい考えて・・想像したの・・・
雅喜:・・・・・・
雅喜:・・・・・・
雅喜:・・・・・・
雅喜:・・・・・・
雅喜:・・・・脳に・・・・・腫瘍がある・・・・
ルリ子:・・・・・・
雅喜:・・・・・時々起こる発作は・・・強い薬でなんとか・・・
ルリ子:・・・・・オペは・・?
雅喜:・・・・っ・・できない・・・・余命告知も受けた・・・・時間的には・・いつでもおかしくないって・・・
雅喜:・・・・・・
雅喜:・・・・俺・・・・っ・・・死ぬんだよ・・
ずっと隠し通し通してきた事実を告げ、自分が死んでしまうことを言葉にした恐怖からか涙を流す雅喜。
そんな彼の話を静かに聞き、同じく涙を流すルリ子。
雅喜:・・・・すまない・・・っ・・・俺は・・・っ・・
ルリ子:・・・・・・・
ルリ子:・・・あぁ・・・だんだんあなたが見えてきた・・
雅喜:・・・・・・
ルリ子:・・・雅喜だ・・・・・あたしの前にいる・・
雅喜:・・っ・・あぁ・・
雅喜:・・・・っ・・・・ッ
ルリ子:・・・大丈夫よ?私なら治せるから・・
雅喜:・・っ・・・え・・?
ルリ子:ね、・・奇跡って時々起こるの・・
ルリ子:・・・ほんとなんだよ?
雅喜:ッ・・・・・っ・・・
ルリ子:・・・・とてつもなく・・・愛が深ければ・・・
ルリ子に抱きしめられ泣きじゃくる雅喜の姿は死を目前にし、恐怖に駆られる様そのもので。
わかっていた事実だとしても、言葉にしてしまうときっとより一層恐怖が増す。
そこにいつもの雅喜はいない。本当は、心底死に怯える弱い人間なのだ。
赤ちゃんは自分の意志で消えたりしない、それならば雅喜もそうなのかもしれない。そう考えた彼女は死のうとしたのではなく、消えようとした。
初め、再び目の前に現れた雅喜の姿は見えなかったのに、予想もしていなかったであろう残酷な真実を告げられた後、それでも彼はここにいる、自分の目の前にいると感じた彼女。彼の姿が見えた瞬間。
確かなのは、雅喜が自分の意志で消えようとしたのではないことと、突き付けられた現実を目の前に二人の愛はより一層強い何かで結ばれたこと。
「妄想でも事実でも、あなたは死なない。あたしが死なせない」まだ正体がバレる前、嘘か本当かもわからないのに疑うことなく言ってのけたルリ子の言葉。
いつの日か「奇跡は信じないけど、信じたいとは思う」と百瀬さんに言った雅喜。きっと、「信じたい」に変わったんじゃないかな。
21話へ続く。