所長:だから辞めたんですよー、電話で話した通り。
ルリ子:・・・・・
ルリ子:連絡は取れませんか?
所長:取れねえよ。あんたがされたのと一緒。ケータイもメアドも全部変わっちまってる
ルリ子:住んでるマンションは?
所長:それはあんたの方が知ってるんじゃないの?
ルリ子:行ったことないんですよ一度も
所長:そりゃプロの別れさせ屋だからな。なんだかんだ理由をつけて自分のとこに来たがるような事はさせない
ルリ子:実家暮らしで両親とは上手くいってないって
所長:そんな事も話すでしょうよ!
ルリ子:他には!?何か聞いてる事ありませんか!?
所長:参ったな~・・おい弥生!お前何も聞いてねえの?
弥生:あたしに振らないでよ・・
ルリ子:病院でもお会いしましたね
弥生:・・・・・・
弥生:悪い事言わないから、あんなやつの事早く忘れなさい
ルリ子:あんなやつ?
弥生:そう、あんなやつよ?あなたを騙していたんでしょ?
ルリ子:それは仕事だから仕方ないです
弥生:自ら明かした正体じゃないんでしょ?嫉妬に駆られた三枝さんがバラしちゃったわけで・・結果論じゃない。それがなければあなたも知らないままよ?まぁ、消えられるのは同じ事だったでしょうけど・・
ルリ子:意味は違うと思います
弥生:意味?
ルリ子:私が知らなければ、別れさせ屋の仕事として消えた。でも結果論でも何でも、私は彼の正体を知ってた。そしてその事を責めたりもしてません。
弥生:それなのに・・なぜ消えるのかって?
ルリ子:はい
弥生:確かにそうなると、仕事うんぬん関係ない。てことは、プライベートな理由なんじゃないの?それこそあなたの方が詳しい!
ルリ子:わかりません。だから聞き取り調査に
弥生:他に女ができたとか・・ありきたりだけど・・
ルリ子:それはないです。
弥生:すごい自信ね?
ルリ子:自信じゃなくて、確信です。
弥生:イタい子なのね、あなた。私達から見ると普通に捨てられた女よ?言っちゃ気の毒だけど
ルリ子:違います
弥生:違わないわよ?現に捨てられてるじゃない
ルリ子:捨てたんじゃなくて、消えたんです
所長:埒が明かねぇよ!思い込みの強いお姉ちゃん相手じゃ
弥生:雅喜も消えるしかなかったんじゃない?こういう子と別れるには。ストーカー要素バリバリだもん
ルリ子:お邪魔しました!
所長:おっとぉ~?
ルリ子:あ・・みなさん何もご存知ないようなので
弥生:もう一度言うわ。悪い事は言わない。早くあんなやつ忘れなさい?
ルリ子:赤ちゃん・・いらっしゃるんですね
弥生:え?あぁ、それが?
ルリ子:目の前から消えたら忘れますか?
弥生:一緒にしないで?私の子供よ?
ルリ子:一緒です。私の彼だから・・
弥生:赤ちゃんは自分の意思で消えたりしないわ
ルリ子:彼も・・自分の意思じゃないのかも
弥生:え?
弥生:こんな商売だからトラブルに巻き込まれたのかと思ってるのかもね~。誰かに拉致監禁されてんじゃないかって。それとも、今頃殺されて、この世にいないのかもしれない・・
雅喜:ふっ
弥生:笑い事じゃなく、下手すりゃ警察に捜索願い出されるかもねー。まっ、相手にはされないでしょうけど
雅喜:やっぱり普通じゃない
弥生:赤ちゃんとあなた、一緒にされてたわよー?
雅喜:母性本能が強いのかなぁ
弥生:独占欲が強いのよ
雅喜:・・嫌いみたいだね、彼女の事
弥生:他人から笑われるのを恐れないタイプよねー。女社会じゃ危険人物よ?空気読めって感じ
雅喜:だけどいわゆるモンスターじゃない。俺をどこに隠してるって、ヒステリックじゃなかったろ?
弥生:まぁ、どちらかというと穏やかだったわね
雅喜:内に秘める。
弥生:・・内に秘める?
雅喜:そう
弥生:ふふ、あんた酷い男ねぇ。女捨てといて、その反応をどこか楽しんでるみたいじゃない
雅喜:人聞き悪い事言うなよ
雅喜:捨てたんじゃない・・
雅喜:消えたのさ・・
弥生:はっ、アホくさ。じゃ、帰ります
彼女の事を思いながら柔らかくピアノの音色を奏で始める雅喜。
二人がまだ出会ったばかりの頃、
普通の女性とは少し違う彼女に惹かれることも知らずに、依頼を続けていた日々。
正体がバレても何一つ自分を責めなかった彼女。
そんな彼女を思い浮かべる様は、とても幸せそうで。
彼女を愛し始めていることに薄々気づきながらも「依頼」であることと「別れさせ屋」であることのプライドを理由にずっと目を反らし続けてきた。
だけどお互いに「愛してる」のだと気付いた二人。
今となってはもう、こんなにも大きな存在だというのに、二人に突き付けられた現実はそう甘くはない。
一方で、雅喜に言われた通りルリ子の家を訪れた三枝の姿があった。
何度チャイムを押しても出ないため合鍵を出すも少しためらい、やはりキビを返してしまう三枝。
マンションを出たところで時間を確認し、何かおかしいと気づき始める三枝。
まるで彼女に何かあった事を汲み取ったかのように突然動きが止まる雅喜。
先ほどまで綺麗な音色を奏でていた彼の指は尋常じゃなく、小刻みに震えている。
慌てて合鍵で扉を開け、名前を呼びかけるも返事がない。
水の流れる音に気づき真っ先に向かった浴室でルリ子は・・
ガタガタと震え続ける雅紀の手。
震えの止まらない手を、不安そうに見つめる雅喜。
三枝が駆けつけた浴室では自らカミソリで手首を切って血を流し、気を失っているルリ子の姿があった。
一言も言わずに彼女の前から姿を消した雅喜。
そんな彼の行動に予想通り事務所を訪れた彼女。だけど捨てられたことに対して怒ることもせず、「捨てたんじゃなくて、消えたんです」と平然と言ってのけた。
そして雅喜もルリ子と同じように「捨てたんじゃない、消えたのさ」、と。
その後自ら手首を切ったルリ子の異変に付いたかのように、身体の動きが止まった雅喜。
まるで、二人は離れていても繋がっているかのように。
20話へ続く。