実は観たことがない有名映画 ブログネタ:実は観たことがない有名映画 参加中


映画マニアではないので、観たことのない有名映画はたくさんあります。

興味がないと観る気がしないので、「タイタニック」も「マトリックス」も観ていません。

あと、この年になってくると、恋愛モノがリアルに感じられなくなって、観る気がしなくなりました。

我ながら、さびしい大人になってきてると思います。


先生 その723


先日、公開されたばかりの「Always-三丁目の夕日'64-」 を観てきました!!

本当に自分でもつまらない男だと思いますが、あまり映画館で映画を観ることに、大きな意義を感じていないんですねぇ。

だから今回映画館に行こうと思ったのは、ただDVD化が待ちきれなかっただけです。


想像以上に感動して泣きました!!

詳しく書くとネタバレになっちゃうので、これ以上広げるつもりはないのですが、このシリーズ全体を通じて、ボクが感じるメッセージは「家族の幸せ」「家族の絆」ってことに尽きると思います。


それは、戸籍上の家族のことだけでなく、夕日町の人々の繋がりそのものが家族だから。

たとえば、このシリーズの中心にいる、住み込み従業員の六子ちゃんも、茶川さんに預けられた少年・淳之介くんも、血はつながっていないけど、本物の家族と同じような絆を感じますね。


ボクがこのシリーズで一番好きなシーンに、堤真一さん演じる鈴木オートの社長と、堀北真希さん演じる新人時代の六子ちゃんが、ちょっとした勘違いから大ゲンカして仲直りするシーンがあります。


押し入れに閉じこもった六子ちゃんに向かって、照れながら自分の非を詫びる社長。

そこから、自動車修理業に懸ける思い、そしてこれからの夢を一生懸命に語りだすのです。


「オレも募集の時に、ただの修理工場って書きたくなかったんだ。

書いちゃったら、それで終わりのような気がしてな・・・。

自動車はこれから、ドンドン伸びる産業だ。

オレはうちがちゃんとした自動車会社になるのも、夢じゃないと思ってる。

いや、それどころか、海外に打って出ることもできるって考えてるんだ・・・」



それを聴いて、六子ちゃんが「おら、なんもできねぇげど、一生懸命がんばりますから」ということで、ちゃんと仲直りできたんですね。


この物語はフィクションだけど、きっと当時は日本中に、こんな家族がいっぱいいたんだろうなぁ・・・。

そんな熱い先人たちに対して、恥ずかしくない生き方をしたいと、ボクはこの映画を観るたびに気合が入るのです。


最後に、第一作のラストシーンに出てきた、一平君の名台詞を紹介します。

この一言だけで、ボクは泣けます!!


「当たり前じゃないか、明日だって、明後日だって、50年後だって、夕日はずっと綺麗だよ」

好きなカップラーメン ブログネタ:好きなカップラーメン 参加中


10代の後半といえば、食事はドカ盛りが当たり前。

中学2年になった長男も、いよいよドカ盛り街道に突入して、「おおっ、大人の階段を昇りはじめたな(o^-')b」と、目を細めて喜んでいる稲葉です。

ボクも当時は、「大盛りいか焼きそば&白飯」とか、普通に食っていたもんなぁ・・・。


先生 その722


そんな「カップめん&白飯」という、今では胃袋がちぎれそうなメニューで、ボクが一番お世話になったのが、「日清のチリトマトヌードル&白飯」の組み合わせ!!

当時「青春の食卓」っていう本がブームだったけど、まさにボクにとっての青春の食卓でした。


他のカップヌードルに比べて、スープが辛いのでご飯がすすむんです(o^-')b

しかも、あえてスープを残しておいて、最後に白飯をぶち込むと、おいしいトマトリゾットの出来上がり!!

こんな食生活をしていたら、体に良くはないけれど、10代の内臓には響かなかったようです。


逆に、大人になってからお世話になっているのが、「どん兵衛」

日曜日の朝ごはんに、なぜか食べたくなるんです。


「こっち(東京)のうどんは、美味くない。つゆが醤油辛くて、最後まで食べられへんわ」


大学のころ、サークルの仲間に関西人が三人いて、そんな会話をしていたんですね。

当時、「関西のうどんはお出汁で食べる」ことを知らなかったボクは、文化の違いに衝撃を受けます。


「ほんなら、今度関西版の『どん兵衛』、お前に食わしたるわ」


関西出身で、実家が酒屋をやっていたバンちゃんは、定期的に実家から「どん兵衛」をケースで送ってきてもらっていたんです。

合宿の時に、おすそわけでもらったどん兵衛を食べてみて、「うーん、こっちのほうが美味いなぁ」と、ボクはあっさり白旗を上げてしまいました。

それまで、インスタントのうどんは、あんまり好きじゃなかったんですけどね。


バンちゃんが教えてくれた、関西風どん兵衛の影響で、ボクはそれ以降関東の立ち食い蕎麦屋では、蕎麦しか食べなくなりました。

最近は、讃岐うどんのおいしいチェーン店ができて、手軽に食べられるので助かっていますが、ボクにとっては、あの合宿の時の朝に食べた「どん兵衛」の衝撃は忘れられません。


えー、中身のない話になってしまいましたが、そんなボクと日清のカップラーメンには、誕生日がまったく同じという共通点があります。

あそこまでメジャーにならずとも、皆さんに長くご愛顧される存在でありたいです。

好きなものまねタレント ブログネタ:好きなものまねタレント 参加中

昨日お話をした、藤原先生のつかみトークは、自分の顔をネタにした話でした。

「ボクの顔をジーッと見てください。あるタレントというか歌手の名前が思い浮かんだと思います。

では、みなさんで大きな声で、その方の名前を言ってみましょう」


ちなみにこのネタ、和田中学校の校長時代、生徒さん達には封印していたそうです。


「だって今の10代の子たちは、さだまさしさん知らないでしょ?」


笑わせるには、相手がそれを知っていることが前提ですからね。


先生 その721


メジャーデビューする前のThe ALFEEは、ライブハウスだけが活動の場でした。

しかし、レコードが売れてないのに、いきなりオリジナルの曲をやっても、お客さんは曲を聴いてくれようとはしません。

何度も心が折れそうになり、「どうやったらお客さんに聴いてもらえるか?」ということを、真剣に議論した結果、彼らがたどりついた技がモノマネでした。


特に坂崎幸之助さんは、その技を活かして、地方の営業に行ったときは、当時人気のあった先輩たちのモノマネで、お客さんを惹きつける技を駆使してきたのです。

本人たち曰く、声で「えっ」と思わせて騙し(笑)、お客さんに注目させてたんですね。


あるときはアリスの谷村新司さん、あるときはRCサクセションの忌野清志郎さん

一番有名なのが、風貌も似ていた南こうせつさんのモノマネ

あるバラエティ番組で、目をつぶって二人に歌ってもらって、「どっちが本物のこうせつさんの声でしょう?」っていう企画をやってたけど、確かに分かりません!!


その甲斐あって、オールナイトニッポンのDJをやったり、お笑い芸人の方との繋がりができたことで、段々と人気が上がってきたんですね。

しかし、コミックバンドではなく、ちゃんとミュージシャンとして売れたのだから、大したものです。


実際に声のモノマネ以上に、坂崎さんはギタープレイのモノマネ(!?)が上手でした。

アコースティックギターにこだわり、フォークはもちろん、ブルース、ジャズ、プログレッシブロックと、多岐なジャンルに渡ってコピーしてきたそうです。



坂崎さんがギターを弾き始めたころ、お手本にできる情報はレコードだけでした。

だから、自分の耳で覚えることが当たり前だったろうし、聴いた音を忠実に真似ていくことに、神経を研ぎ澄ませてきたのでしょうね。


守破離、TTPと言われるように、まずは基本に忠実に真似ることから始めないと!!

40代になって焦ることが多くなり、どうしてもショートカットしたくなる時がありますが、何事も基本に忠実な反復練習を重ねていきたいですね。

夢実践会のプレゼンをきっかけに、ボクが発見できた自分の夢「未来の校長先生を育てる塾」

このアイデアの根源は、PTA役員をしていた時に出逢ったこの本からでした。

バカ親、バカ教師にもほどがある (PHP新書)/川端 裕人
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民間人の校長先生と、PTA役員を務めている小説家さんのコラボが面白くて、山本シュウさん、小野田正利さんの本と併せて、ボクのバイブルにしていました。

この本との出会いから、藤原和博さんが書いた教育関係の著書を読み、「日本を変えるには、学校のリーダーの意識が変わることから」と錯覚しちゃったんですね。


先生 その720


そんな藤原先生のお話を、先週の金曜日に聴く機会を頂いてきました。

テレビやウェブの映像で聴いたことはありましたが、藤原先生は想像以上に元気な声で、エネルギッシュなトークでお客さんを惹きつけてくれます。

ヘタな芸人やテキヤよりも面白くて、最初から最後まで、ドッカン、ドッカン笑わせてもらいました。


今回の講演はビジネス向きのお話だったのですが、これからの時代を生き抜いて行くために必要な「情報編集力」について、ワークを交えながら教えてくれました。


そのワークというのが、一対一の自己紹介。

まずは15秒間で、相手に一発で覚えてもらえるようなキャッチコピーをつけて、自己紹介をします。


これが中々イメージしずらいんですよねぇ

結局ボクが思いついたのは・・・


40歳で4人の子供がいる稲葉佳正です


案の定、あまり大きなインパクトは与えられなかったですあせる


そして、自分が得意なこと、逆に苦手なこと、失敗したことをネタに自己紹介

最後に、それまでの自己紹介をネタに、相手に質問をして、共通点を引き出します。


実際にやってみて分かったことは、人は得意なことより、苦手なこと、失敗したことの方が、関心を示してくれるということ。


「売るのがヘタな営業マンは、自分と相手のリンクを作ろうとせずに、商品だけを売り込もうとするから失敗するんだよ。

ボクも若いころは、そんなバカをやったけどね(笑)」


もちろん、他にも色々なネタをお話してくれましたが、今度はぜひ教育関連のお話を聴くチャンスをつくりたいという欲求が出てきました。


最後に新刊にサインを頂きながら、藤原さんにボクの夢の話をさせてもらうと、


「だったらまず、君が校長になっちゃいなよ!!」


そうだ、ボクの本来の夢は、自分が校長先生になることだったんだ!!

ちょっと夢の方向性が変わっちゃいそうな感覚を覚えた、藤原さんとのご縁でした。

火曜日の夜、新しいノートPCを最低限のセッティングした後に、水戸に向かいます。

いよいよ、いばらきドリプラ2012に向けてのキックオフ、第一回目の勉強会。

しかしながら、会社を出たのは19:00過ぎ!! 勉強会のスタートは19:00!!

・・・まぁ、大事なのは、みんなと時間を共有することだからね。


先生 その719


昨年のいばらきドリプラ開催にあたって、実行委員たちは定期的に勉強会を開催してきました。

ドリプラの趣旨説明と、過去のプレゼンターのプレゼンを見てもらうことで、「ドリプラを知らない人に、関心を持ってもらう」ことが目的。

この地道な活動が功を奏して、「実行委員をやりたい」、「プレゼンターをやりたい」という仲間が増えてきたわけです。


案の定、ボクが会場に到着したのは20:30

プログラム的には、プレゼンター同志のパネルディスカッションだけしか観ることができませんでした。

この日の勉強会でプレゼンをしてくれたのは、昨年の共感大賞・清輔 サンタと、エンタメ寺院のショーエン、そして宝地図ナビゲーターのはなちゃん です。


悔やまれるのは、二人ともプレゼンの内容がバージョンアップされていたとのこと!!

遅刻しないで、最初から観れたらよかったのに!!

二人にとって、ドリプラに出たことは一つの節目であり、通過点でしかないんですね。

ちょっとずつ前に進んでいる気持ちの表れが、関わった仲間としてすごく嬉しいです。


ハナちゃんは割と早い段階から、プレゼンのコンセプトをしっかりと持っていました。

「宝地図を一人でも多くの人に知ってもらって、元気にしてあげたい」という彼女は、お母さん仲間を中心にして、カフェでのお茶会を中心に、実際に活動を始める実績もありましたからね。


ところが、事業としての価値を考えた時に、支援会では相当苦しい思いをしました。

みんなから厳しいフィードバックを受けて、時には隠れて泣いたこともあったようです。


それでも彼女は最後まで諦めることなく、自分の夢と向き合うだけでなく、仲間の応援も人一倍してくれたように感じています。

三人のお子さんを持つお母さんとして、多忙な合間を縫って、見事なプレゼンを披露してくれました。


そして彼女は、ドリプラをきっかけにして、仲間と宝地図のコラボ企画が広げています。

昨年の暮れには水戸で、年が開けてからは、潤ちゃんが勤める学習塾で、そして週明けにはマーサの会社シ―グラスで、宝地図のワークショップを開催します。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

福島先生がおっしゃるドリプラの目的の一つは、自立型相互支援の社会を作ること。

ハナちゃんがこうして、仲間と繋がって夢を叶えてきていることが、嬉しいですねぇ!!

ボクもまだ未体験の宝地図ですが、体験した仲間は「すごく楽しい」と大好評なので、ぜひ機会を作って受講してみてくださいね(^-^)/