昨日から喉の調子が悪く、久々に耳鼻咽喉科の先生に診てもらってきましたが、診てもらって、薬を飲んだからといって、すぐに善くなるわけではありません。

まだ完全復帰はしていないので、ちょっと手を抜いた話ですが、どうしてもシェアしたかった話です。


先生 その963


地元の同業者の所長さんが、Facebookでシェアしてくれた話です。

どうぞ、その場にいることを想定して、読んでみてください。

(元ネタは、だんだん倶楽部さんというウェブサイトの記事でした)


東京にいた今から十六年程前の十二月も半ば過ぎた頃のことです。私は体調を壊し、週二回、中野坂上の病院に通院していました。


その日は今にも雪が降り出しそうな空で、とても寒い日でした。昼近くになって、病院の診察を終え、バス停からいつものようにバスに乗りました。

バスは座る席はなく、私は前方の乗降口の反対側に立っていました。車内は暖房が効いていて、外の寒さを忘れるほどでした。

間もなくバスは東京医科大学前に着き、そこでは多分、病院からの帰りでしょう、どっと多く人が乗り、あっという間に満員になってしまいました。


立ち並ぶ人の熱気と暖房とで、先ほどの心地よさは一度になくなってしまいました。

バスが静かに走り出した時、後方から赤ちゃんの、火のついたような泣き声が聞こえました。

私には見えませんでしたが、ギュウギュウ詰めのバスと、人の熱気と暖房とで、小さな赤ちゃんにとっては苦しく、泣く以外方法がなかったのだと思えました。


泣き叫ぶ赤ちゃんを乗せて、バスは新宿に向かい走っていました。

バスが次のバス停に着いた時、何人かが降り始めました。最後の人が降りる時、後方から、「待ってください。降ります。」と、若い女の人の声が聞こえました。


その人は立っている人の間をかきわけるように前の方に進んできます。

その時、私は、子供の泣き声がだんだん近づいて来ることで、泣いた赤ちゃんを抱いているお母さんだな、と分かりました。


そのお母さんが、運転手さんの横まで行き、お金を払おうとしますと、運転手さんは「目的地はここですか?」と聞いています。

その女性は気の毒そうに小さな声で「新宿駅まで行きたいのですが、子供が泣くので、ここで降ります。」と答えました。


すると運転手さんは「ここから新宿駅まで歩いてゆくのは大変です。目的地まで乗って行って下さい。」と、その女性に話しました。


そして、急にマイクのスイッチを入れたかと思うと、「皆さん この若いお母さんは新宿まで行くのですが、赤ちゃんが泣いて皆さんにご迷惑がかかるので、ここで降りると言っています。子供は小さい時は、泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。どうぞ皆さん、少しの時間、赤ちゃんとお母さんを一緒に乗せて行って下さい。」と、言いました。


私はどしていいか分からず、多分皆もそうだったと思います。

ほんの数秒かが過ぎた時、一人の拍手につられて、バスの乗客全員の拍手が返事となったのです。若いお母さんは、何度も何度も頭を下げていました。


今でもこの光景を思い出しますと、目頭が熱くなり、ジーンときます。私のとても大切な、こころにしみる思い出です。


ボクも4人の子供の父親ですから、公共の場所で子供たちに泣き喚かれた時の周囲の目線は、過剰なまでに気になって、イライラすることが多かったです。

見知らぬ土地に嫁いできた若い女性が、それを一人で受け止めるのは辛いことでしょう。

人間不信になったり、周囲との関係を持つのを怖がるのも、無理もないことです。


でも、それがエスカレートしてしまうと、鬱になってしまったり、ひどい場合は子供を虐待したり・・・

少子化の原因は、子育ての魅力よりもリスクが先に立ってしまうからだと思うのです。

経済的な支援はさておき、豊かな心で子育てができる社会にすることのほうが先ですよね。


相手が女性(しかも大抵はボクより若い)なので、声をかけるには勇気がいりますが、妊婦さんや赤ちゃん連れの方に優しい自分になって、一歩踏み出して行きます。

なので、ボクに「何か手伝いましょうか?」と声をかけられても、下心はないので安心してください(笑)

ボクの名前は、佳正と書いて「よしまさ」と読みます。

子供のころから、同じ名前の人に出会うことはほとんどありませんでしたが、中学校の歴史の教科書に「足利義政(あしかがよしまさ)」という人が出てきたときは、ちょっと嬉しかったです。

ただ、その実像を知れば知るほど、悲しくなっていったのですが・・・。


先生 その962


足利義政がどんなことをした人物なのか?

日本史の授業で習った話を、簡単におさらいしてみましょう。


14歳で室町幕府の八代将軍に就任

しかしながら、奥さんの外戚や一部の有力大名に政治の実権を握られてふて腐れ、大飢饉で民が苦しむ状況を放置し、御所の中で現実逃避。

お金儲けに余念がない奥さんの尻にしかれたことも、現実逃避の一因と言われてます。


さらに嫡子に恵まれなかった頃に、弟を養子に迎えて将軍後継者に指名するも、翌年に生まれた長男を奥様に推されて引っ込みがつかなくなり、他の大名を巻き込んで京都を焼け野が原にする戦に発展

いわいる世に言う、応仁の乱の原因を作った人です。


晩年は出家して、京都の東山に隠居して、慈照寺という山荘を作り、わびさびの文化を築いたが、金貸しで大儲けしている奥様や息子たちとの距離は離れたまま、ひっそりと亡くなりました。


ね、知れば知るほど、優柔不断で自分勝手なリーダーでしょ?


ところが、白駒妃登美 さんが今回のセミナーの冒頭で、「日本人の美意識に最も大きな貢献をした人」として、足利義政の名前を挙げてくれたのです!!


金閣寺の華やかさとは対照的に、銀閣寺は落ち着いた日本文化の美しさを感じられます。

ボク自身も京都のお寺の中で、最も好きなお寺の一つ

苔や庭の木々、大自然を表現した石庭や築山、自然の明かりを活かす障子や書院造の部屋と、まさにJapanese Beautifulの極みです。


それだけでなく、能や狂言、連歌、華道、茶道、水墨画などの日本文化も、このころに発展しています。

ちなみに、西陣織の語源も、応仁の乱で西軍が本陣を置いた地名から名づけられました。

応仁の乱で、各地に避難していた職人たちが、それぞれの地域で習得した技術をミックスして生まれたのが、現在の西陣織のルーツだそうです。


足利義政は、政治家としての能力は発揮できなかったけれど、文化人としての偉業はすごいのです。

いやむしろ、文化人としての才能を発揮できたのも、将軍という権力の座にあったからこそ。

何の肩書も才能もない一般庶民だったら、影響力を与えることはできませんからね。


いいことも悪いことも、表裏一体。

おそらくは足利義政も、「文化で後世に名を残そう」なんて気持ちは、なかったんじゃないかと思います。

まわりの目を気にせずに、長所を伸ばして開花させることも大事ですね!!


白駒妃登美さんのお話を聴くのは二度目ですが、毎回ワクワクしてしまいます。

元々歴史が大好きなこともありますが、「へぇ」「なるほど」という気づきと学びに満ちていて、大げさな言い方をすれば、ボクの知的好奇心がMAXになってしまう。

もっと言えば、「学生時代に出会いたかった」と思ってしまうお話です。


先生 その961


いつも様々な人物のイキイキした姿をとおして、日本の魅力をお伝えしてくれますが、今回は妃登美さんが大好きな、吉田松陰さんのお話が印象的でした。


二度目の黒船来航のとき、「アメリカがどんな国なのか見てみたい」という好奇心から、命がけで黒船に乗せてもらおうとするのですが、航海士に断られて断念!!

その後、奉行所に「捕えられた」ものだと思っていたら、松陰さんは「自首」していたんですね。


調べを受けて、長州の野山獄に入れられたのちも、そこで何冊も本を読み、他の囚人たちとの勉強会を開催した話は有名です。

牢番も感激する松陰さんの講義の様子は、若い藩士たちの間でも噂になり、その講義を受けたくて投獄されたいと思う者も出てきたとか・・・。


このままではヤバいと思った藩主は、松陰さんを謹慎という形にして、釈放するのですが、その知らせを聞いた松陰さんが言った一言目が素敵すぎます!!


「(恩赦は)私だけなのですか?」


そう、素晴らしい話を聴かせてくれるのは、自分だけではないと言いたかったんですね。


運命に対して絶望もしていなければ、執着もしていない。

今ここの環境とご縁を素直に受け入れる、いわいる天命追求型の生き方をされていたわけです。


また日本人の文化について、妃登美さんは「発酵文化」という言葉で語ります。

異質のものを受け入れて、独自のもの、あるいは自分たちのスタイルに合うものに熟成させる。

古くは仏教の文化だろうし、現代の日本ならばラーメンもそれにあたるんじゃないかな?


善と悪、天国と地獄、支配する者とされる者

西洋社会の哲学は、常に対立軸をベースにしてきました。

日本人の持つ多様な文化の受容性があるから、僕らは豊かな暮らしが営めるのかもしれません。


お二人の話を聴くと、日本人であることの誇りや、日本に生まれたご縁に感謝してしまいます。

ボクも一人の日本人として、美しい生き方をしていきたいですね!!

世の中には、なんと750~1000万種類の色があるそうです!!

朝焼けや夕焼けの風景を、携帯のカメラで撮っても、リアルな色合いにならないのはそのためかも。

特に我々日本人のDNAは、繊細な中間色を表現する能力が高いみたいです。


先生 その960


そんな色のことに興味を持ち始めたきっかけは、吉田麻子 さんのメルマガや著書を読んでから

久々に麻子さんの話を聴ける、しかも白駒妃登美さんとのコラボセミナーと聞いて、これまた久々に、最近はやりのセミナー居酒屋・はなの舞平井南口店 に行ってきました!!


予想はしていましたが、参加者は女性率が高い!!

外は冷たい雨が降っていますが、麻子さんの志喜彩塾のメンバーなのかな?

派手すぎず、地味すぎず、センスのいいファッションの方が多いですね。


前回、お話を聴いたときは、パーソナルカラーについてのお話が中心でしたが、今回は日本人の色彩感性についてのお話。

ちょうど先日、名古屋に行く途中に「実践する色彩学」を夢中で読んでいたので、それぞれの色が持つ力についての興味深い話でした。


「実践する色彩学」 (HS/エイチエス株式会社)/無双舎
¥1,500
Amazon.co.jp

聖徳太子の冠位十二階や十二単のように、元々日本人の色彩に関する意識は強く、動物や植物の名前を入れた色が数多く残っていますよね。

ピンクも、桜色や桃色といった花、あるいは鴇色(ときいろ)といった鳥の羽で色を表現してますし、萌葱色というネギが芽吹く様子を表現した色もあります。


自然と調和する中で生きてきたDNAが、色彩に対する感性が豊かになったのでしょうね。

好き嫌いはあれども、僕らが生活する中には、様々な色の要素があり、そのすべてが生きていくうえで欠かせない存在

だから「色に優劣はない」と、麻子さんは教えてくれます。


食事の時も、赤・黄・青(緑)・白・黒の五色を採り入れることで、体も心も満たされるといいますしね。

何か不足を感じるときは、美しい自然の風景や恵みを感じることが、大事かもしれません。

中間色の美しさを感じられる人種・日本人、やっぱり捨てたもんじゃないです!!

今回の久保さんのお話は、主に人財育成にフォーカスしたお話でした。

「いつもお世話になっている鬼澤さんの頼みだから、今日は気合入っとうとよ(笑)」

本人も自画自賛するほど超濃厚な内容は、手がしびれるのを忘れるほど、ずっとメモしまくりの2時間!!

この内容だけで、一週間はブログを書けそうです!!


先生 その959


っていうわけにもいかないので、練乳のような内容から、ボクの心に響いた話を抽出してシェアします。


それはズバリ、久保さんが考えるいいリーダーの条件


1つ目は、明るいこと

例え逆境に立たされても、常に笑顔でいられることです


2つ目は、利他の精神

人の嫌がることを、自ら進んでやることです。

相手に合わせることで、新たな自分の可能性を開くことができます


3つ目は、感謝

足るを知り、小さな喜びを大きく感じられることです。


4つ目は、志

「絶対にここに行く!!」と決めたら、最後まであきらめない覚悟です


メモを取りながら、心臓がチクチク痛みます。

中でも、志、そして覚悟を決めることが、今の自分に一番必要なこと

「利他の精神」も、「人が嫌がること」を進んでやるというより、「人は嫌がるけど、自分にとってはそれほどではないこと」だけを進んでやっているだけかもしれません。


これを意識することで一番変わるのは、生活習慣

朝早く起きる習慣がつき、人に対して優しくなれる

人に優しくなれるから、怒りの感情をコントロールできると、教えてくれます。


これもまた、ボクにとって苦手なことの一つ

でも、好き嫌いを言ってる場合じゃありません。

一つ一つ克服して、昨日の自分に打ち勝っていきます!!


リーダーに限らず、久保さんは幸せな人生の条件についても、語ってくれました。


目上の人から可愛がられること

後輩や部下から慕われていること

家族に大事にされていること


確実に言えるのは、最後の一つは、胸を張って「はい」と言えます。

まずは家族に大事にされていることへの感謝から

そう、ギリギリ間に合ったけど、今日は「いい夫婦の日」ですからね!!