今の子供が「昔の子供は可哀想」と思うことベスト10

1位 土曜日にも学校の授業があった
2位 インターネットがなかった
3位 面白いゲーム機がなかった
4位 携帯電話がなかった
5位 エアコンがなかった
6位 テレビが小さくて白黒だった
7位 コンビニがなかった
8位 学校の給食が美味しくなかった
9位 家の手伝いをしなければならなかった
10位 テレビが家に1台しかなかった


               日本経済新聞子どもニュース Plus1


Facebookで、ある友人がこの記事をアップしていた。

よくよく調べてみたら、このアンケート結果が載ったのは2010年8月ということで、東日本大震災以降は、若干価値観が違ってきているかもしれない。


またこのアンケートは、選択肢に対してYes,Noで答える形式だと思われるので、結果を鵜呑みにするのは危険かもしれないということだけ、お断りをしておきます。


土曜日の授業は、僕ら世代にとっては当たり前のこと。

むしろ息子が小学校に上がるときに「土曜日って休みなの!?」と驚いたくらいだ。


初めて実家の近所にコンビニが出来たのは、中学生の時だったと思う。

インターネットも、携帯電話も、初めて使ったのは20代になってからだった。


簡単に言ってしまうと、ボクは今の子どもたちが「かわいそう」と思っている、昔の子どもたちらしい(笑)

ただ、無いのが当たり前の時代に育ったから、「かわいそう」と思われても、ピンとこないのだ。

いや、むしろ裏を返せば、今の子どもたちが、得していると思っていることがかわいそうでならない。


・土曜日に学校がないから、友達と喋る時間が少ない

・面白いゲーム機がありすぎて、他の楽しい遊びをする時間が無い

・携帯電話があるから、好きな女の子の家に電話して、丁寧なあいさつを覚えるチャンスが無い

・コンビニよりも楽しい、みんなの憩いの場、駄菓子屋が無い


上げたらキリがないけど、やっぱりボクの生まれ育った時代は、幸せだったと思う。


もう一つ気になったのが、第9位の「家の手伝いをしなければならなかった」という答え

いや、確かにボクも、おふくろに頼まれたことに対して、0.2秒で答えてはいなかったよ!!

でも「家のお手伝い」が、かわいそうな対象になってしまうのは、僕ら大人の育て方の問題だな


ちなみに、この第9位の結果を、小学2年生の娘に話をしたら

「意味わかんない!! ゆとり教育にも、ほどがあるよね」と、バッサリ回答してくれた。

(お前、本当に小学2年生かよ・・・)


お手伝いをゲーム感覚でやっているうちの子どもたちには、かわいそうの意味が伝わらないらしい。

人生で大切なのは、何を食べるか

ではなく、どこで食べるかだ


                  王様のレストラン


今日の午前中は、元請企業の会議に参加。

関東・信越地区の同業他社さんが大勢出席していたが、会議というよりも、今後の営業方針についてのプレゼンを聴かせてもらう場だったようだ。

特に発言する場もなく、名刺交換するタイミングもないまま終了。


当初は、午後までかかる予定だったはずだが、内容が短縮されたのか、12時過ぎには散会。

さぁ、お昼ご飯はどこにしよう?

と考えながら、道すがらFacebookを見ていると、いばドリ仲間の日熊くんの投稿が目に入った。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

これは、以前から鬼澤さんや高野登さんが絶賛していた、上野の韓国料理レストラン「満奈多 」さん!!

ボクがいる場所から、電車ですぐじゃん!!

というわけで、久々に上野駅を降りて、コリアンタウンにあるお店に行ってみた。


間接照明が綺麗な雰囲気は、すごくセンスがよくて、女性やカップルのお客様が多く、ちょっとオッサン一人では敷居が高いような気がしたが、そんなことは気にしない。

色々と迷いながら、「カレーラーメンチゲランチ」を注文した。


熱い、辛い、でもうまい!!

「カレーとチゲって、味が喧嘩しないのかな?」という不安もあったが、

喧嘩どころか最幸のコラボレーションじゃないですか!!


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

(すみません、食べかけの写真です)


今まで食べたことのない美味しさで、ご飯がすすんじゃう!!

最近は、「大盛り無料」や「おかわり自由」のメリット(笑)を活かしていなかったが、あまりの美味しさにご飯をおかわりして完食!!

いやー、冷えた体があったまり、おなかも心も満たされました。


個人的には、昭和の雰囲気が漂う、煙の充満した焼肉屋さんも好きだけど、こんなおしゃれなお店で、美味しいチゲを食べるのもいいですね。

今度は家族と一緒に、プルコギを食べに行きたいっす!!

よく若手が、「どうしてこんなに頑張っているのに、まわりから評価されないのか」と話をするのを聞く度に、

「そういう風にしか思ってもらえない自分を徹底的に追い込んで変えてみてはどうか」と言いたくなるんですよね。

まぁ、実際にはそんなにきつくは言いませんが(笑)


                             鬼澤 慎人


鬼澤慎人さんは、世界的スケールで物事を考えながら、郷土愛を大切にしている尊敬する先輩の一人。

多くの人々に慕われているのに、一切偉ぶることはなく、若い子たちにも年齢差を感じさせない気さくな姿勢を見ていると、「こんな人になりたい」と強く思う憧れの人だ。


大学卒業後、バブル経済の真っただ中の金融業界で活躍しつつも、日本の未来を憂う一心で、経営品質の勉強会を立ち上げたのが15年前。

しかしながら、保守的な茨城において、新しいことを始める人に対しては、応援してくれる人だけでなく、誹謗中傷する人も出てくる。


今でこそ、少々のことでは動じない鬼澤さんも、さすがに凹んだり、反論したこともあったそうだが、自分の信念を簡単には諦めない。

まずは己を律しようと、飲みに行くのを控え、大好きなゴルフも自粛。

徹底的にストイックな姿勢を貫き通したら、いつの間にか応援してくれる人が増えてきたという。


「何を言うか」より、「誰が言うか」


つまるところ、人が突き動かされる原動力は、そこしかない。


ボクにとっての「誰が言うか」を考えた時、一番響くのは、裏表のない360°の人。

すなわち、大久保寛司さんが、講演の中でよく話をされる「いつでも」「どこでも」「誰にでも」

言葉遣いはともかく、相手が子供でも、尊厳を持って接する人には強く憧れてしまうし、その人に言われたら、素直に聴いてしまう。


ご本人たちは「まだまだ」と謙遜されるが、鬼澤さんも、大久保さんも、「いつでも」「どこでも」「誰にでも」という在り方を感じる。

また、お二人とも優しい表情の中に、武道の達人のような鋭い目をされることがある。

きっと徹底的に自分を追い込んだ体験が、今日の信頼となっているのだとお察ししている。


ボクも、自分自身が「いつでも」「どこでも」「誰にでも」、360°で接することができる人を目指している。

まずは「自分との約束」を日々振り返りながら、「自分に嘘をつかない自分」を意識していこう!!

教えることは教わることと同じです。

教わり、教え、また教わる

この繰り返しで、学んだ内容は、深く深く自分の中に入っていきます。


                                     二条 彪


「落ちこぼれ」の反対に、「噴きこぼれ」という表現がある。

授業の進め方を、平均点中心にするため、元々レベルの足りない子たちが、学校の授業内容だけでは物足りないと感じることらしい。


それを逆手に取ったある学習塾では、わざと習熟度を無視したクラス編成にして、「できる子」が「できない子」を教えるシステムを取り入れた。

すると、「できる子」も「できない子」も、両方成績が上昇したという。

この二条先生 の言葉のとおり、教えることで自分が学びを深めたからだと思う。


本当は僕らの会社でも、スタッフ同士が教え合い学び合う機会を増やしたいが、ボクの行動力が足りないため、なかなか実践に至っていないのが現状です。

でも、座学の勉強会はともかく、必ず「教えることで教わる」機会は、年に数回訪れます。


一つは新人が入社してきた時。

面接をして、内定を告知したあとに、リーダーたちとミーティングをします。

新人の履歴書を見せながら、経歴、人間性、クセ等々、ボクが感じたことをシェアして、今いるメンバーの中で、誰が教育担当にふさわしいかを相談します。


大抵は中堅のドライバーに任せる形になるけど、当然リーダーたちがサポートをして、新人のやる気や能力を見極めつつ、徐々に馴らしていく。


他の企業では当たり前のことかもしれないけど、今までは特に「誰が何について教える」という取り決めもなく、リーダーたちが気づいたら教える程度の教え方でした。


まだまだ教育システムは不完全だと思いますが、以前に比べて、定着率は安定してきました。

もうひとつの効果としては、さっきの話じゃないけど、中堅のスタッフさんたちの成長。

教える立場を体験して、丁寧な言葉遣いや、自立して動くことへの意識が強くなっているように感じます。


誰でも最初から、上手に教えることはできません。

でも教えることを繰り返すことで、教え上手になり、教わり上手になれるはず。

独学で知識を熟成させるよりも、教え、教わるを繰り返したほうが、深く賢くなれそうですぜ!!

ボクが好きな例えの一つです。


1.00とは、100%のこと。


0.99とは、ほんの少しだけ「まぁいいか…」と1%だけ手を抜くこと。


1.01というのは、100%やり切るだけでなく、昨日より1%だけねも上回ること。


はじめは2%の差なので、ほとんど目に見えないです。


これを100回繰り返すとどうなるか?



数式にすると

0.99×0.99×0.99×0.99×…と100回掛ける。つまり100乗する。


逆に

1.00×1.00×1.00×1.00×…と100乗する。


もちろん1.00100乗しても1.00です。

昨日より1%頑張った1.01100乗は、2.70


ほんの少し手を抜く0.99100乗は、

なんと、0.36


その差はトンデモナイことになっています。


                      田尻 賢


凡事徹底とは、「誰にでもできることを、誰にもできないくらいに、続けること」

一概に数値にして測れるものではないかもしれないけど、心友・田尻ちゃん のメルマガで紹介されたこの話は、「おおっ!!」と唸ってしまった。


さらにFacebookでも、似たような話が紹介されていて、こちらは100乗どころか、365乗した成果が載せられていた。


1.01の365乗は、37.8

0.99の365乗は、 0.03


なんと、その差は1260倍になってしまう!!

これは「すげぇ!!」を通り越して、「恐ろしい」数字ですよ!!

仕事も勉強も遊びも、ほんのわずかな積み重ねが、大きな成果になるということですね。


冒頭に言ったように、習慣形成は単純に数値化できるものではないから、途中で1.01を掛けているつもりが、0.9とか0.8を掛けてしまっていることもあるかもしれない。


バスケットのフリースローが、昨日は100回中70回決まったのに、今日は68回しか決められなかったということは、実際によくある話だと思う。


ただ、ここで止めてしまうのか、あきらめずに続けるのか

明日の成長が1.01に戻ることを信じて、一歩踏み出せば、数日後にはチャラになるだろうし、さらに続ければ成長曲線を戻せるかもしれないしね。


そんな言葉を紹介してくれた、田尻ちゃん自身が、メルマガとFacebookで「ダイエット日記」を毎日公開しています。


それこそ、1.01の積み重ねにはなっていないこともあるけど(笑)、あきらめずに正直に続けているのが素晴らしい!!

やっぱり続けている人はカッコいいよね

と、自分に言い聞かせています(笑)