不謹慎な話かもしれませんが、お通夜、告別式に行くと、ついつい「自分の時は、こんな葬儀をやってほしいな」と色々な妄想をしてしまう稲葉です。
いっそのこと、「生前葬も悪くないかな」と思ってしまった時期もありましたが、きっと自分の葬儀を見ても感動はしないんだろうなぁと、最近になって感じます。
先生 その491
キャンディーズの全盛期は記憶の片隅にしかありませんが、後楽園球場での解散コンサートはなんとなく覚えています。
それだけに、スーちゃんの突然の訃報はショックでした。
「女優の田中好子さんが・・・」という文字の情報でニュースを知った時にも、「同姓同名の女優さんがいるのかな?」と勘違いしたくらいに、信じられませんでした。
今でこそ歌唱力の高い女性シンガーがたくさんいますが、キャンディーズの3人のハモリは、かなりクオリティが高いことに気づきます。
歌詞もメロディも頭に残りやすいし、当時の映像からも、今のアイドルとは違った「華やかさ」を感じます。
特に最近頭から離れないのが、この曲↓
「わたし~は あ~なたの」の「あ~なたの」のスーちゃんの高い声が、かわいいよなぁ![]()
遺影の中で微笑むスーちゃん、そして弔問に来られたランちゃん、ミキちゃんの姿は、アイドル時代の若々しいイメージはなくても、品のいい女性の輝きがありました。
お二人の弔辞の中にも出てきましたが、二人でスーちゃんの天国への旅立ちを見送ったというエピソードは、それだけ3人の絆が誰よりも深かった証ですね。
最後まで、キャンディーズは伝説を創るために存在したように思えてなりません。
そして、「遺言」にも感じられる肉声での最後のメッセージ。
まさに命を振り絞るような声で、天国に旅立った後の夢を語る生きざまに、人間としての器の大きさを感じます。
女優として、のべ47人の役者さんのお母さんを演じられたというスーちゃんの、母性の強さかもしれません。
特別にファンでは無かったボクですら、このメッセージを聴いているだけで涙が出てきました。
明日元気で目が覚められることは「あたりまえ」じゃないです。
スーちゃんのように、いつ自分の人生が終わるとしても、こんな言葉が自然に口から出てくるような自分でありたいと思います。
「幸せな、幸せな人生でした」

