🔳チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル(6/11ミューザ川崎シンフォニーホール)
ラヴェル/
グロテスクなセレナード
古風なメヌエット
ソナチネ
鏡
(休憩)
夜のガスパール
高雅で感傷的なワルツ
クープランの墓
(アンコール)亡き王女のためのパヴァーヌ
チョ・ソンジンのリサイタルを聴くのは、2017年5月以来7年ぶり2度目。ありそうでなかなか無かったオール・ラヴェル・プログラムに惹かれた。ラヴェルの主だったピアノ作品が作曲年代順に並んだプログラムそのものが美しい。チケットは完売御礼、これほど客席がよく埋まったミューザを見るのは、コロナ下のゲルギエフ&ウィーン・フィル以来だろうか。
まず「グロテスクなセレナード」から「ソナチネ」までを続けて演奏。独立した個々の作品ではなく、もっと大きな1つの作品を聴いているよう。そして「鏡」と「夜のガスパール」でラヴェルの書法に大きな飛躍が起きる。その後、原点回帰のように「ワルツ」と「クープランの墓」へと弾き継がれる。アンコールは予想通り「亡き王女のためのパヴァーヌ」。20分の休憩を挟み、終演は21時30分近くだったから、弾き手にとってはなかなかタフなプログラムだが、ラヴェルのピアニズムを一夜にして概観できるこの上ない機会でもあった。
チョ・ソンジンの演奏、まず「ソナチネ」での極上のソフトタッチが印象的。ラヴェルのピアノ曲、特に初期作品は、かっちりとしたフォルムで弾かれることが多い気がするけれど、これほどフラジャイルなラヴェルは未体験ゾーン。さらに「鏡」における羽が生えたようなタッチはほとんど魔術的。特に「悲しい鳥」の比類なき音色にうっとり。ラヴェルのピアノ曲で一番好きな「鐘の谷」は、演奏が繊細すぎると言ったら怒られるだろうか。この曲はある程度機械的に淡々と弾いてくれた方が好み。
骨が華奢で、でも手脚が長く、すばしこくしなやかな「オンディーヌ」。沈潜するタッチが冴え渡る「絞首台」。「スカルボ」の跳躍はグロテスクというより、バレエダンサーのようにエレガント。それほど多く聴き比べた訳ではないが、これは現代最高峰の「夜のガスパール」なのでは。「クープランの墓」は、第2曲のフーガが新鮮。指が戯れるままに音楽が紡がれていくような印象で、何度も聴いているはずなのに、未知の曲を聴いているような不思議な感覚になった。
この日、昼間に聴いた山縣美季のピアノは、まるで聴いている自分も弾いているかのような距離の近さがあったけれど(もちろん全く弾けないのだが)、チョ・ソンジンのそれは全く別次元から聞こえてくるような、あまりにもかけ離れたスーパーマンのピアノ。どちらが良い悪いではなく、全く異質な2つのピアノに惹き付けられた一日だった。