山縣美季 固有名詞で語るショパン「24の前奏曲」 | 今夜、ホールの片隅で

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東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

🔳トッパンホール ランチタイムコンサートVol.128(6/11トッパンホール)

 

[ピアノ]山縣美季

 

ショパン/24の前奏曲

 

トッパンホールのランチタイムコンサートでは、これまでヴァイオリンやヴィオラの演奏を聴いてきたが、ピアノ・ソロを聴くのは初めて。山縣美季も初めて聴く人で、全く先入観なしに聴いたのだが、これはいいピアニストに出会えた。このランチタイムコンサートに出演するのが、音楽人生におけるひとつの明確な目標だったという。曲はショパンの「24の前奏曲」一本勝負。

 

思い入れたっぷりのフレージングが弾けた第1曲から名演の予感がする。決して指が素晴らしく速く回るタイプでも、タッチの粒立ちが水際立ったタイプでもないけれど(テクニックがもの足りない訳ではない)、音楽の表情に独特の魅力がある。特に第2・4・6曲など、ゆっくりとした曲調の語りが良い。第7曲(イ長調)の得も言われぬ香気。前半の白眉は第9曲(ホ長調)で、この単純至極な和音の羅列が短いドラマへと彫琢されてゆく。曲間の余白を多めに取り、その静寂もまたドラマの一部になる。

 

後半に入り、より複雑な表情が現れる。第15曲「雨だれ」は、左手の雨だれ音型の1粒1粒が新鮮に語りかけてくる。単に滑舌が良いだけではない、語るべきものを持つ者の語り。第20曲(ハ短調)の後半、リピートの前後に起きるほんのわずかなニュアンスの差異。緊迫感が続く終盤、ふっと抜け感のある第23曲と、直後の終曲との劇的な対比。その第24曲では、時折コツンコツンという固い音が混じって聞こえたが、あれは勢い余った指の関節がピアノのボディに当たっていたのではないか。

 

演奏者の勝負気配がひしひしと伝わってくる大熱演。表情がいい俳優の主演映画を1本観終わったような充足感がある。自身によるプログラムノートには、「いまの山縣美季という固有名詞の音楽」を届けたいという決意表明が書かれていたけれど、まさに有言実行、見事にやり遂げたのではなかろうか。これほど瑞々しく筋の通ったショパン、なかなか聴けるものではない。